陸上女子5000メートルに出場する「旧帝大ガール」鈴木亜由子(24=日本郵政グループ)は、愛知・豊橋市内で創業99年の米穀店を営む家に生まれた。陸上を始めたきっかけは「家庭の都合」。初めての五輪は12日の1万メートルを左足違和感で欠場し、5000メートルの一本勝負になった。名古屋大卒業まで地元一筋。愛される「米屋のあゆちゃん」が、日本時間16日午後9時半の予選で五輪デビューを果たす。

 歩いて5分。家から目と鼻の先にある競技場への道で、7歳の鈴木は泣いていた。小学2年で始めた陸上。練習は日曜日午前の週1回だった。父伸幸さん(58)は「こっちの都合で入れました」と苦笑いする。鈴木家が営むのは豊橋市内にある国道1号沿いの「鈴木米穀店」。365日で休みは年始の3日しかない。世間の休日も両親は働く。半ば強引な形で嫌々出合ったのが陸上だった。

 鈴木米穀店の創業は第1次世界大戦中の1917年(大6)。来年、100年目を迎える地元で知られた老舗だ。第2次世界大戦では空襲により全焼。建て直した店を、3代目の伸幸さんが引き継いできた。12月27、29日の夜中に餅をつき、翌朝に家族で配達するのが決まり事。現在は合宿などで参加できないが、鈴木も高校時代まで自転車にまたがり一役買った。父は「亜由子が持っていくと喜ばれるんだよ」と笑う。五輪切符をつかんだ今年6月の日本選手権では、愛知・パロマ瑞穂スタジアムのスタンド一角が赤に染まった。地元の大応援団がバスで急行。「あゆちゃん」への愛はこうして示された。

 元々はか弱い少女だった。母由美子さん(53)は「生まれつきアレルギーがひどかったんです。ぜんそくがあって、電源を入れて息を吸う吸入器を持ち歩いていました」と思い返す。その面影は3歳から始めた水泳と、陸上が消していった。足の速さは小学4年から始めたバスケットボール仕込み。陸上と違い、自ら始めた球技に熱中した。ポイントガードとして走り回り、休日には両方の試合をはしごしたこともあった。

 小学6年で1500メートル4分50秒切り(16年高校総体の12位相当)。中学にも陸上部はなく、バスケット部との両立を続けた。週6日のバスケと対照的に「豊橋陸上クラブ」での活動は週2日。その環境下で全国中学校選手権の1500メートルを連覇した。

 鈴木 ぼ~っと何もしていない時間があるのが嫌。暇な時間があると「何かしないと」ってなるんです。

 陸上、バスケット、勉強…。全てに全力投球な鈴木は、現役で5人以上が東大に進む時習館高へ入学した。高校から好きなバスケットを諦め、記録の出る陸上に専念。3年時には男子学生との練習に魅力を感じ、陸上では無名の名古屋大へ進んだ。トップ選手では珍しいキャリアも、地元で愛される理由だ。

 五輪決定後には実家のありがたみをかみしめた。「レース前日に食べるぐらいは(米を)持っていこうと思います。3食分ぐらいですかね」。別々に暮らし始めても、両親と鈴木をつなぐのは他ならぬ「米」だ。初五輪は左足違和感での1万メートル欠場で、5000メートルの一本勝負になる。力を出し切った暁には…。きっと、祖母が作る大好物の五平餅が待っている。【松本航】

 ◆鈴木亜由子(すずき・あゆこ)1991年(平3)10月8日、愛知・豊橋市生まれ。小2で陸上を始める。時習館高-名古屋大-日本郵政グループ。昨年の世界選手権女子5000メートルでは自己ベストの15分8秒29で9位。今年の日本選手権は1万メートルを31分18秒73で制覇。5000メートルは15分24秒47で2位。旧帝大出身の女子としては初の五輪出場。154センチ、39キロ。