◆陰に潜む鋭脚

 高橋光宏は1985年9月、群馬からデビューした。2011年6月の引退まで戦法を追い込みで貫き、オールスター(1995年・熊本)全日本選抜(1994年・大垣)と2つのG1タイトルを獲得している。

 追い込み選手はタテの鋭さだけでなく、ヨコの強さまで追求するもの。だが、高橋は競りを好まなかった。自分のラインに切り込まれた時は受けて立つ。半面、別線に戦いを挑んだ場面は、ほとんど記憶にない。ラインの切れ目、回れる位置でパワーを温存。最後の直線で爆発させ、痛快に差し切った。

◆孤立したファイナリスト

 そんな競走スタイルでは、チャンスを見いだせないのではないか-。1995年の高松宮杯・決勝は非常に深刻な戦況だった。西日本が三宅伸(岡山)-小橋正義(岡山)-本田晴美(岡山)-安福洋一(奈良)、関東が神山雄一郎(栃木)-戸辺英雄(茨城)-尾崎雅彦(東京)-阿部文雄(東京)で結束。高橋は浮き駒となっている。

 どちらに加わっても5番手。競輪といえば3番手でも厳しい位置だというのに、5番手となると勝つ可能性はゼロに等しい。ならば、連係実績がある関東同士の神山ラインに付くのが、筋というもの。ただ、そこには別の問題が立ちはだかっていた。【藤代信也】