脇本雄太(36=福井)の完勝だった。後輩・寺崎浩平の打鐘前先行に乗ってバックから番手発進し、20年以来2度目の大会制覇を5連勝のパーフェクトで達成した。
2着には脇本にマークした古性優作(34=大阪)が流れ込み、3着に郡司浩平(34=神奈川)が入った。脇本のG1制覇は通算10度目で現役最多、史上6人目の2桁到達となった。
ライバルたちは手も足も出なかった。決勝が寺崎浩平-脇本雄太-古性優作の並びになった時点で、南関勢も中国勢も近畿3人を出したらまずいことは分かっていた。入念に策を練ったはずだが、それでも近畿トリオに有利な流れを作ってしまう。こうして幸運を呼び込むのも、間違いなく実力なのだ。
決勝は恩師・郡山久二氏の死という悲しみを背負った古性を後押しする場内のムードがあった。寺崎には既にラインでゴール勝負をする力が備わっているが、ムードに押されてオーバーペースになってしまった。
脇本が振り返る。「足はたまり過ぎていた。ラインで決めたい(寺崎を残したい)気持ちもあったし、古性君の勝ちたい思いも背負っていた。どこで仕掛けるかは葛藤があった。でも、4角で最高の形になったと思いました」。
これでG1タイトルは10個目で、現役最多となった。2月の全日本選抜を勝って「グランプリスラム」も達成。もう自分のお金と名誉のためには、一生懸命になれなくなった。
そこで自分に課したテーマが“変化”である。スピードとパワーで押し切る走りから、柔軟性を持たせた走りへの変化。「まだうまくいっていないが、これを1歩1歩進めていけば(ラインとして)いい結果を出せると思う」。ひと言で言えば、どの位置を回ってもラインに貢献できる選手になることだ。
「近畿の仲間たちに助けられた優勝だった」。この喜びを自分だけのものにはしたくない。これからの脇本は、勝つよりも難しいことにチャレンジしていく。【松井律】
◆脇本雄太(わきもと・ゆうた)1989年(平元)3月21日生まれ、福井市出身。科学技術高卒。競輪学校(現養成所)94期生として08年7月に福井でデビュー(1着、1着、決勝2着)。18年いわき平オールスターを皮切りにG110勝、22年平塚GP制覇。2月豊橋でグランプリスラム達成。16年リオデジャネイロ、21年東京五輪出場。通算999戦423勝、通算獲得賞金は14億651万9348円。180センチ、72キロ。血液型A。































