巣立ちの早春。3月7日、校長室でたった一人の卒業式が行われた。

 神奈川・日大藤沢高3年の柴田晋太朗君(18)は、押尾良仁校長から卒業証書を受け取った。両親やサッカー部の佐藤輝勝監督、3年生の教師、小学生時代の恩師が見守る中、大きな拍手の音が鳴り響いた。

 柴田君は高校2年の夏に骨のがん「骨肉腫」に冒され、闘病生活を送りながらサッカーにも取り組んできた。その様子は2度、当コラムで紹介してきた。

「骨肉腫と闘う18歳ファンタジスタ、未来へ紡ぐ言葉」

(https://www.nikkansports.com/soccer/column/sakabaka/news/1844233.html)

「骨肉種から復帰した不屈の18歳、その驚異のゴール」

(https://www.nikkansports.com/soccer/column/sakabaka/news/201709150000150.html)

 そして今も、がんとの闘いは続いている。

 本来なら3日に卒業式を迎えるはずだったが、インフルエンザにかかった。同日に行われたサッカー部の送る会にも参加できず、病床に伏した。「最後までバタバタして終わるというのは俺らしいな」。そんな柴田君に「卒業式をやろう」と学校側が動いた。8日から再び入院生活が決まっている中での英断だった。

 卒業式後、クラス会を経てサッカー部の送る会も行われた。1、2年生が花道をつくり、柴田君をホールへと迎え入れた。既に卒業していた同期の仲間や父兄も駆けつけた。思いは一つだった。誰よりも努力した晋太朗を、みんなで祝って送り出してやろう-。そんな心温まる会の内容を紹介したい。

■中村俊輔、斎藤学からのサプライズ

 昨夏のインターハイで全国準優勝となった日大藤沢高。壇上でマイクを握った柴田君から後輩たちへ「努力して(日本の)一番を取ってください」とゲキが飛ぶと、思いを託された後輩たちは「日本一の舞台、埼スタに晋太朗君ら3年生を呼ぶので」と返した。

 続けてスクリーンに映し出されたのは、あの中村俊輔選手(ジュビロ磐田)。会の前日に撮影されたばかりのビデオメッセージだった。

 「まだまだ闘病生活が続くと思うのですが、柴田君らしく、明るくまた壁を乗り越えて頑張ってくれるかなと思います。サッカーもまた悩みがあれば聞くので、元気になって、この大久保グラウンド、磐田に来てくれたらうれしいです。ご卒業おめでとうございます」

 また、斎藤学選手(川崎フロンターレ)からは激励メッセージ入りのユニホームが届いた。柴田君は小学生時代、横浜F・マリノスプライマリーのメンバーだった。マリノスつながりの両選手とは、病室を見舞ってもらうなど親交が続いている。思いもしなかったサプライズに柴田君は驚きを隠せない様子だった。

 同期が代わる代わる壇上に立ち、メッセージを送る。父兄から、コーチからも。誰からも愛された明るい人柄、さまざまな楽しいエピソードが披露された。そして大トリは佐藤監督。その温かくも優しいエールの言葉は、まさしく“最後のロッカールーム”だった。

■高校サッカーという学びの場

 「晋太朗、卒業おめでとう。今日はここに来るまでの間にどれだけの人が関わってくれたかということを思い浮かべると、これすごいことです。まず、あなたのことで校長室に行ったところ、校長先生は『校務のことをおろそかにしてでも卒業式を開こう、このタイミングでやろう』と言ってやってくれました。そして3年生の先生方が全員来るという中で、あなたの卒業式を迎えました。これはすごいことです。さらに君の恩師の方も来ていただいて、クラスでもあれだけの仲間が君を送り出してあげたいと来てくれた。君にはそういう力があります。すばらしいことなので是非、覚えていてください。(3年生の)みなさんにも送りましたけど、人生は思った通りにしかなりません。だから『絶対にこんな病気に負けるか』と強く思わないといけないです。そして『自分は絶対にプロになるんだ』と。プロになって、あなたが見せた、あなたが支えた3年生たちや、日藤のチームを支えてくれた勇気を、今度は次世代のサッカーが大好きな子供たちに振りまける存在になってほしい。それはあなたが願っていることですから、是非やっていただきたい」

 さらに熱い言葉が続く。

 「インターハイの直前に体育教官室で晋太朗に『絶対に全国に連れて行く』と、『これは約束だ』と話しました。私は1週間寝ずに(出場権がかかる県大会準決勝の)座間戦のことだけ考えてやりました。それに3年生が応えてくれて、君を全国に連れて行けたんだけど、決勝で負けて。ここにいる3年生から『あんなのじゃ晋太朗の栄養にならない』と。日本一にならなきゃいけない、と。それを聞いてすげぇなと。本当にすげぇなと。お互いにお互いを支え合った。そういう仲間がいることを忘れずに頑張ってください。私からは、あなたがここまで一つの文句も言わず、誰よりも強い気持ちを持って過ごしてきたこと、是非これからの人生に生かしてもらいたいと思っています」

 最後に佐藤監督は、柴田君と両親を壇上に呼んだ。柴田君を真ん中にした3人と向き合うと、静かな口調で話し始めた。

 「3年生には同じように卒業式の日に話をしましたが、もう一度したいと思います。お父さん、お母さんも今日は私の言うことを聞いてください。3人とも目をつぶっていただいて…」

 「まず晋太朗。この3年間でお父さん、お母さんに迷惑をかけたと、文句を言ったこともある、またはいろんな費用の面で、いろんなところで迷惑をかけたと少しでも思うなら両親の手を握れ」

 沈黙の中、柴田君が両親の手を取る。

 「お父さん、お母さん。晋太朗がこの3年間、頑張ったと、こいつは努力したと、思うなら(手を)強く握り返してください」

 3人が手をしっかり握り合った。

 「晋太朗、そんな両親に、心から感謝していると思うなら、強く握り返してください」

 静寂に包まれた中、3人はさらに強く手を取り合った。

 「是非、その感謝を忘れずに過ごしてください。これからが大事ですから。晋太朗はその感謝を忘れないで、それが一番のパワーになる。ご両親のためにも頑張れると思います」

 何とも美しい光景だった。

■「日藤1の幸せ者」その言葉の意味

 全国舞台で活躍する夢を描いていた。それが骨肉腫にかかった。手術で右肩には人工関節が入ったため、右腕は上がらなくなった。入退院を繰り返し、つらい抗がん剤治療に耐えた。それでも学校に戻ればサッカー部の活動に参加した。遅れを取り戻そうと人一倍、練習に励んだ。長い闘病生活に終止符が打てると思ったら、今度は定期検診で転移したがんが見つかった。試練の上に試練が重なる。

 柴田君にとって、高校サッカーとはどういうものだったのだろうか?

 「トレセン(神奈川県選抜)が順調で頑張ろうと思っていた矢先、高2で病気になっちゃって。そこから何とか復帰したんですけど、(3年の)選手権のメンバーにも入れなかったですし、悔しいんですけど、本当に高校サッカー甘くないんだよっていうのを身で感じて、今後の人生につなげられるなって。この高校サッカー生活はサッカーを学びに来たというよりは、やっぱり心の器の大きさをもっと広く大きくするために、そのためにサッカーやってたのかなって思います。活躍することが目標だったんですけど、でも人生と同じでうまくいくことなんて少ないと思うし、本当にいい経験になったと思います」

 いつものようなさわやかな口ぶりだ。誰よりも苦しかったであろう高校生活を「いい経験」とさえ振り返る。昨年6月から取材を継続しているが、一度も弱音を聞いたことがない。彼はいつも“勝者”であり続ける。敵が大きければ大きいほど、自らを奮い立たせ、強い気持ちで立ち向かおうとする。

 闘病生活が長期化する中、うれしい出来事もあった。2月、Fリーグ湘南ベルマーレのフットサルチームのチャリティーマッチに出場する機会を与えられた。その晴れ舞台で、鮮やかなゴールまで決めてみせた。

 「同じ病気で頑張っている選手(久光重貴選手)もベルマーレにはいます。ああいう方たちを見ると本当に頑張ろうと思える。病人じゃなかったら見えなかった世界は、見え方が同じようでも違っている。だから影響力ってみんな言ってくれているけど、本当に『もしかしたら俺、(誰かに影響を)与えてるかもしれないな』って思いました。だからこそフットサルの世界でもいいし、サッカーの世界でもいいし、何でもいいからみんなに発信していけたらいいかなと思います」

 病気は不幸以外の何物でもない。だが、不遇をかこったことで逆に見えたものもあった。1カ月前、クラスで卒業制作として動画撮影がなされたという。各自が「僕は日藤の○○」と書くのだが、柴田君が書いた言葉は「日藤1の幸せ者」だった。素晴らしい指導者や仲間、家族の存在…。人の思い、つながりを誰よりも知った3年間だったのだろう。そういう思いを胸に刻み、巣立ったのだ。

 たった一人の卒業式の翌日、柴田君は再び入院生活に入った。化学治療を続け、今後は再び手術を受けることになる。正確無比な左足で数々のスーパーゴールを決めてきた若者は、がんという壁と対峙(たいじ)している。

 「病気に打ち克つことが今の俺の目標です」

 その先のビジョンはいっぱいある。海外留学をして、いつかプロのサッカー選手へ。だからこんなところでくじけていられない、夢があるからこそ壁は乗り越えていく。オレに乗り越えられない壁なんてない-、強くそう信じている。

 柴田晋太朗とは、そういう男だ。

【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)


柴田(右)は押尾良仁校長から卒業証書を授与される(撮影・松本俊)
柴田(右)は押尾良仁校長から卒業証書を授与される(撮影・松本俊)
柴田君はサッカー部の同期や後輩たちのつくる花道を笑顔で歩く(撮影・松本俊)
柴田君はサッカー部の同期や後輩たちのつくる花道を笑顔で歩く(撮影・松本俊)
柴田君は花道をハイタッチしながら歩く(撮影・松本俊)
柴田君は花道をハイタッチしながら歩く(撮影・松本俊)
柴田君(右手前)は中村俊輔選手からのビデオメッセージをじっと見つめる
柴田君(右手前)は中村俊輔選手からのビデオメッセージをじっと見つめる
柴田君はサッカー部の同期らと一緒に記念撮影
柴田君はサッカー部の同期らと一緒に記念撮影