Jリーグ通常開催時、カシマスタジアム内の鹿島食肉事業協同組合で「モツ煮」を販売している笹本精肉店の笹本さん(撮影・足立雅史)
Jリーグ通常開催時、カシマスタジアム内の鹿島食肉事業協同組合で「モツ煮」を販売している笹本精肉店の笹本さん(撮影・足立雅史)

政府の方針に従い、Jリーグでも10日から上限5000人(または収容人数の50%のうち少ない方)の観客を迎えた試合が始まった。観戦の楽しみの1つであるスタジアムグルメこと“スタグル”の販売も急きょ認められることとなったが、出店する側は「売る決断」と「売らない決断」の選択に迫られている。

J屈指のグルメ王国カシマスタジアムでは、18日の横浜戦から始まる観客を迎えた試合を前に、各売店が出店の判断を迷っている。名物「モツ煮」を販売する店舗のひとつ、鹿島食肉事業協同組合に加盟する笹本精肉店の店主・渉さんは、「7月中は出店を見送る」と、“売らない決断”をした1人だ。

スタジアムでの出店を始めて20年、リーグ戦で店を出さなかったことはほとんどないという。デーゲームの前日は精肉店の営業を終えた後、午後8時ごろから徹夜で仕込みに当たる。前売り券の販売状況を見て、多いときはモツ400キロ、約1500杯分のモツ煮を準備する。

搬入も含めてかなりの重労働だが、笹本さんは「スタジアムには遊びに行っている感覚。息抜きだよ」と話す。家族で精肉店を営む笹本さんにとって、全国各地からスタジアムに集まるお客さんと話すのは、大切な時間だという。

それでも7月中の出店は見送ることを決めた。スタジアムでの出店は大きな収入源だが、都内から多くの観客が訪れる場所での出店には、怖さがあるという。「ソーシャルディスタンスをとって待機列をつくると、スタジアム3周くらいしちゃうよ」と、大行列ができる人気店ならではの悩みもある。解決策はまだ見つかっていない。

モツ煮と並ぶカシマ名物「ハム焼き」を販売する五浦ハムは、18日からの出店を決めた。ほぼ全ての試合で店頭に立っている同社の小泉慎太郎さんにとっても、スタジアムで過ごす時間は特別だ。「またあの感じを味わいたい。歓声が聞こえてきて、熱気を感じて、ハーフタイムにはお客さんが結果を教えてくれて。商品を食べてもらい、活力に変えていただいていると思っている」と話す。

自粛期間にもスタジアムでの出店を決意させる出来事があった。「通販でハム焼きを購入して自宅で食べていた男性が、お子さんから『スタジアムの匂いだ!』と言われたそうです。思い出と味が一緒になっているんだと思う。期間が空いた分、おいしいハム焼きを出してあげたい」。上限5000人の試合では、利益はあまり見込めない。それでも待ち望むお客さんのために、出店を決めた。

売る決断と売らない決断、どちらも尊重されるべきだ。どの店舗も企業としての経営維持が何よりの優先事項かもしれないが、笹本さんも小泉さんも、スタジアムでお客さんの喜ぶ顔を見たい気持ちに変わりはない。都内の新型コロナウイルス感染者数が3日連続で200人を超えた。全てが元通りになるにはまだまだ時間がかかる。難しい判断を乗り越えて開催される有観客試合。マナーを守りながら思いっきり楽しもう。【杉山理紗】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「現場発」)

8日、無観客で鹿島対札幌戦が行われたカシマスタジアム
8日、無観客で鹿島対札幌戦が行われたカシマスタジアム