3月26日から4月29日までの35日間、サッカーコート10面を有する複合型宿泊施設「Jヴィレッジ」は、Jクラブに合流する外国籍選手の隔離施設「Jリーグバブル」として稼働した。この期間に16カ国から45人の選手が入居し、外部との接触を断たれたバブル空間で、2週間の待機期間を過ごした。

滞在期間中は4度のPCR検査(3日目、7日目、10日目、14日目)と毎日の抗原検査が義務づけられ、全ての検査で全員が陰性だった。選手は3日目のPCR検査で陰性を確認後、ようやくグラウンドでの練習が許可された。他者との接触を避けるため、認められたのは個人トレーニングのみ。グラウンドを4分割したスペースに自ら練習用具を持ち込み、時間も1時間と限定された。

バブル内には3人のスタッフが常駐し、バブル外にものべ11人のスタッフが滞在した。バブル内に常駐したJリーグ・クラブライセンス事務局の村山勉さん、バブル外に滞在したJリーグ・新型コロナウイルス対策室の井本将史さんに、話を聞いた。

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新型コロナウイルスが猛威を振るう中迎えた21年シーズン、Jリーグでは新外国籍選手の合流が遅れるクラブが続出していた。2月の開幕後も状況は改善されず、各クラブが頭を抱える状況が続いていた。そこで生まれたのが「Jリーグバブル」だ。

Jリーグはかねて、外国籍選手の入国について政府と交渉を続けていたが、2度目の緊急事態宣言が解除された3月、2週間の完全隔離期間を条件にようやく入国の許可が降りた。一般市民との接触が断たれ、トレーニングもできる施設として、Jヴィレッジを「バブル」として使用することが決まった。

ただ、来日したばかりの選手だけではバブル生活は成り立たない。3人のスタッフがバブル内に滞在することが決まった。1人は村山さん。日本サッカー協会(JFA)での勤務歴があり、日本代表のマネジャーを務めた経験をもつ、現場対応のプロフェッショナルだ。他に常駐したスタッフ2人は、スポーツ大会の事務局業務経験がある旅行会社の社員だった。

バブル内スタッフ3人の主な業務は、<1>選手の入退去のサポート、<2>食事や必要物資の受け渡し。<1>ではクラブの送迎で空港から到着した選手を迎え、タブレット端末を介したリモート通訳でバブル生活についての説明を行った。<2>では日々の選手との接触を避けるため、居室前の専用ボックスに配置する形をとった。食事はJヴィレッジの協力を得て、外国籍選手に対応したメニューを提供。アスリート向けのメニューは品数も多く、小さな使い捨て容器にさまざまなおかずが用意され、1日3回、全て3人で配りきった。

村山さんたちの仕事は、字面以上にハードだった。深夜便で入国した選手を午前2時に出迎えた後、翌朝7時にはPCR検査キットの回収に食事の配膳。休む間もなく選手が到着し、あっという間に次の食事の時間が来る。入居者が続いたときは、業務が深夜を回ることもあったという。

村山さん 3食の配膳に最も労力がかかりました。2階~4階の選手フロアに食事を配る作業、片付ける作業です。最大で同時に39人が入居していましたが、お弁当箱をひとつ置いて終わりではなかったので、時間がかかりました。他の業務は、毎日のランドリー回収と返却、クラブからの郵送物の配達、PCR検査の回収。入所日が選手ごとに異なるので、毎日が回収日でした。

選手の居室はもちろん1人部屋。マスクや消毒液、体温計や検査キットのほか、タブレット端末やWi-Fiも用意された。選手との接触を避けるため、スタッフはタブレット経由で要望に対応した。

井本さん 選手からのリクエストには、バブル外スタッフが対応しました。多かったのは「パンをご飯にしてほしい」などの食事関連です。買い出しなどもバブル外スタッフが行いました。「変換プラグがほしい」というのもありました。

村山さん 練習が始まってからは「アイシング用の氷を準備してほしい」というリクエストもありました。対人プレーのない個人練習なので当初は準備していませんでしたが、ケガ明けの選手もいたので用意しました。1時間で最大8人が練習していたので、朝から晩までアイシング用の氷を作った日もありました。(※アイシング用の氷とは、小さなポリ袋に氷を詰め、空気を吸引して口をしばったもの。極限まで空気を吸うので、大量に作ると呼吸が苦しくなる)

村山さんたちがバブル生活で最も重視したのは、「仮に陽性者が出ても、そこからクラスターを起こさないこと」だった。海外から入国した選手が、待機期間に陽性となるケースがあるからだ。

そのため、選手同士の接触をなくしたほか、村山さんらバブル内スタッフは、バブル外スタッフとの接触も徹底的に断った。物資の受け渡し用にバブル内外のスタッフをつなぐ「コネクティングルーム」を設け、同時に入室しない形で利用した。例えば、ホテルが用意した食事はバブル外スタッフが受け取り、コネクティングルームへ運ぶ。バブル外スタッフが退出した後、村山さんらがそれを選手の居室前へ運ぶ。手間のかかる作業だが、毎日続けた。

村山さん 仮に陽性者が出ても、そこからクラスターを起こさないことに尽きると思っていました。我々が感染する、選手同士が何らかの接触で感染する、といったことを起こさないように徹底しました。選手には感謝しなくてはいけません。来日前もしっかりと体調を管理してくれていたから、結果陽性者が出なかったのです。

村山さんは入退去時を除き、選手とは一切触れあっていないという。2週間同じ空間で過ごしながら接触を徹底的に避けることは、容易ではなかったはずだ。

Jリーグバブルを経てクラブに合流した選手たちは、次々と結果を出した。浦和FWユンカーは、J1デビュー戦から4試合連続ゴールを記録。バブル運用期間にチームへ合流して試合に出場した選手もおり、その活躍にバブルスタッフは元気づけられたという。

こうして、気の抜けない35日間は無事終了した。Jリーグバブルの成功とその知見は、さまざまな業界で応用できる貴重な財産となるかもしれない。【杉山理紗】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

Jリーグバブル内でのトレーニングの様子。広いピッチで1人ボールを蹴っている(Jリーグ公式YouTubeより)
Jリーグバブル内でのトレーニングの様子。広いピッチで1人ボールを蹴っている(Jリーグ公式YouTubeより)