どん底を味わった男が、J1を舞台に飛躍中だ。サガン鳥栖のDF田代雅也(29)。

法大卒業後、当時のJ2岐阜に加入も、プロ2年目の17年3月末に、飲酒運転による自損事故を起こし契約解除。約10カ月の無所属を経験した後、J2栃木で再びプロとして復帰を果たした。21年からJ1鳥栖に加入し、昨季は公式戦25試合(23試合で先発フル出場)4得点とJ1での自己最高をマークした。今季は昨季以上の得点と出場時間を目標に掲げ「奇跡継続中」と意気込んでいる。

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昨季の田代の活躍はめざましかった。当初はサブのスタートだったが、負傷者が出たことで、第4節の浦和レッズ戦で3バックの中央で先発のチャンスをつかむ。そこで1-0の勝利に貢献し、先発起用が続いていった。

「21年シーズンは先発は3試合しかなく、実感としては、厳しいかなと思っていた。でも、練習で“これで使ってもらえなかったら仕方がない”と思えるぐらい全力でやりましたし、試合で使ってもらって足りないところも明確になった。もっとJ1にいたいし、さらに成長したいと思うようになりました」

5月25日の鹿島アントラーズ戦では、後半アディショナルタイムのラスト1プレーで、セットプレーから頭で押し込む同点弾など2発を決めた。

「ロスタイムの時間を見て、あと1点返す、としか思っていなかった。その中でセットプレーのボールが目の前に来た。いつ結果に出るかは分からないし、持ち続けることは大変かもしれないけど、あきらめない気持ちを持ち続けることが大事だなとあらためて思いました」

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あきらめない気持ち-。6年前、田代はどん底を味わった。プロ2年目の17年3月、飲酒運転で自損事故を起こし、契約解除となった。

「大卒1年目で試合に出て、絶対に勘違いしていたと思います」と振り返る。サッカーに励む環境を失った中で、人づてで紹介された人が「サッカーをやるんだったら紹介するよ」と、手を差し伸べてくれた。

「サッカーをやりたい」。心からそう感じていた。紹介されたのは、草サッカーチームだった。同時に、仕事としてアルバイトを始めようと、面接試験を受けにいった。だが、なかなか採用に至らなかった。

働き口を心配した知人が「うちでよければ」と、工事現場の仕事を紹介してくれた。足場を組んだり、荷物を運んだり、天井の制作にも関わった。朝から夕方まで工事現場で働き、夜は草サッカー。練習が昼間の時は、工事現場の担当者が「練習に行って、また戻ってこればいいから」と快く練習に送り出してくれた。

夏に、複数のJクラブが興味を示してくれたが、契約には至らなかった。海外に活動の場を探し、タイのチームに練習参加したが、契約寸前で経営的な問題で白紙になった。

無所属になって10カ月。J2栃木がDFの選手数名が負傷したことで、田代の獲得を決めた。契約が発表になったのは、開幕の10日前だった。草サッカーを含めサッカーを続けてきた田代は、開幕で先発起用された。

「無所属の期間も色々な場所で練習をさせてもらって、Jリーグの舞台に戻ってこられた。開幕のキックオフ前、ポジションに付いたときに高まって、泣きそうになりました」

栃木の2年目は、開幕からベンチを温める日が続いた。岐阜時代は、試合に出られなくなったとき自分に都合のいい言い訳を並べていたことを思い出したという。

「その失敗と反省、経験があったから、栃木2年目で試合に出られなかった時“これが試されてるときなんだ”と思えた」

リーグ後半で残留争いが始まり、戦い方も変化する中で、先発の機会が巡ってきた。チームも最後は残留を決めた。

「無所属の期間で、分かっていたつもりのことを、あらためてたくさん勉強させてもらった。今もまだまだ、全然ダメなんですが、自分をより見つめ直すことが大事だなと感じています。たった10カ月かもしれませんが、僕にとってサッカー選手を続けた10カ月より変えられない貴重な10カ月だったと思います」

過去の行いは決して許されるべきものではない。だが、過ちをしっかり反省した田代は、一回りも二回りも大人になっていた。

鳥栖加入直後、試合出場に恵まれなくても、常に自分に矢印を向け、試合に出るための努力を怠らなかった。

「出てる人と比べて、何が足りないのか、を素直に考えられるようになった。鳥栖の1年目もそう。技術的な面もありますが、練習は自分なりに頑張って工夫しながら自分の特長を出して毎日を過ごそうと。岐阜の時に過ちを起こしたメンタル、思考は全然なくなっていました」

草サッカーや仕事などを紹介してくれた恩人からは「1回ぽしゃった選手が戻ってきた成功例だから」と激励を受けている。周囲への感謝と同時に、田代自身もしっかりと理解している。

「栃木から奇跡的にJに戻って、その中で自分がJ1でプレーさせていただいている。僕は奇跡継続中だと、心の中で思っています」

今季は最終ラインに新加入選手もおり、開幕先発に向けて再びゼロからのスタートだ。

「1試合でも多く先発フル出場したいし、昨季以上の得点を取って、チームとしてACLに行きたい」

J1の舞台で、昨季以上の活躍を見せれば、新たな奇跡の扉が開くはずだ。【岩田千代巳】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

横浜対鳥栖 後半、競り合う横浜アンデルソン・ロペス(左)と鳥栖田代(22年3月18日撮影)
横浜対鳥栖 後半、競り合う横浜アンデルソン・ロペス(左)と鳥栖田代(22年3月18日撮影)