日刊スポーツのサッカー担当記者が日本代表戦を深掘りした「Nikkan eye」。12日のワールドカップ(W杯)アジア最終予選のオーストラリア戦に2-1と勝利した後、森保一監督(53)が取った行動にフォーカスした。

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映画の第83回(2011年)アカデミー賞で、作品賞など4部門を受賞した「英国王のスピーチ」。英国史上最も内気な王と言われたジョージ6世は、幼少期から吃音(きつおん)に悩まされていた。やがて言語療法士の支えで吃音を克服。歴史に残るスピーチを披露し、第2次世界大戦下の国民を奮い立たせた。実話を基にしたこの作品は、何度見ても感動を覚える。

10月12日、埼玉スタジアムで行われたスピーチは脚本も、演出もなかった。主役は、サッカー日本代表監督の森保一。内気でなければ、吃音でもない指揮官が、舞台に上がった。オーストラリアとの激闘を終え、場内を一周。森保監督は、北側スタンドのサポーターの前で立ち止まった。深々と頭を下げると、マイクも使わずに言った。

「選手とサポーターが一体になって、今日は勝利出来ました。ありがとうございました。最後のゴールも、サポーターのみなさんが取らしてくれたと思っています。ありがとうございます。まだまだこれからが厳しい戦いです。みんなでまた厳しい戦いを気持ちを合わせて戦って、W杯に一緒に行きましょう」

約45秒のスピーチ。突然の出来事だった。場内を一周することは予定していた。ただ、演説、スピーチは台本になかった。関係者は「お辞儀をして、終わりだと思っていました。そんな中で急に始まったので、びっくりしました。あんな姿、初めて見ました」と驚きを隠せなかった。森保監督は、その後も、各スタンドを周り、その都度、ピッチから声を張り上げた。同関係者は「いろいろと張り詰めていたものがあったのかもしれない。すごく感動しました」と続けた。

「英国王の-」では、約9分に及ぶ演説で国民を勇気づけた。森保監督のそれは、長時間に及ぶものではなかった。それでも日本代表を応援するファン、サポーターの心には刺さるものがあったようだ。SNS上でも「監督が来てくれてうれしい」。「森保監督の声、しっかり胸に刻んだ。カタール行きましょう」などと反応があった。

どちらかと言えば、ドンと構える森保監督。そんな日本代表の監督が自らの足でサポーターの前に赴き、肉声を届けた。もちろんこれまでも、マスコミを通じて、その思いを口にはしてきた。ただ、目を見て話す行為とでは、伝わるモノが違う。いつの時代も、上の立場のそういう行動は、感動を生む。【栗田尚樹】