サッカーFIFAワールドカップ(W杯)カタール大会で日本代表は、初戦でドイツ(23日、カリファ国際スタジアム)を破り、大金星をおさめた。その立役者、劇的ゴールを決めたFW浅野拓磨(28=ボーフム)の地元、三重県では一夜明けた24日、恩師が感嘆の思いを語った。
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浅野が四日市中央工時代に指導し、現在JFL・ヴィアティン三重のトータルアドバイザーを務める樋口士郎氏(63)は、教え子のゴールの瞬間を「とびあがって、よっしゃ! と叫んでましたね」と振り返った。
後半12分から出場し、同38分にゴールを決めた浅野。樋口氏は「ここ一番の勝負強さは変わっていない」と目を細めた。
浅野が高校2年時の選手権大会、3回戦と準々決勝の2戦連続で後半ロスタイムに同点弾をたたきこんだ。全試合で得点を挙げ、この年浅野は得点王となった。
「あの子はどんな状況でもやるべきことをきちんとやる。ブレない部分が継続しているので、奇跡を起こせる。相手が強かろうが弱かろうが全くその姿勢は変わらないですね。謙虚さや、ひたむきさは代表になっても変わっていない」
高校時代の評価が、浅野の人間性を醸し出す。樋口氏によれば、高校は「職業高校で、職人さん気質の先生もいた」と言い、部活動を中心に過ごす生徒に厳しい教員もいたという。
だが、浅野は、掃除なども率先して行っており「『浅野は違うな。あいつやったら応援したろか』とよく言われていた」そうだ。その“人間力”ゆえに、サッカー部以外の先生からも応援されていた。
しかし「いい子」ゆえに、当時は物足りなさも感じていたと話す。「1年生からエースとして活躍してもらいたかったが、浅野は遠慮していた。良い意味でのエゴイストというか、エースの自覚は無かった」。
当時を振り返りつつ、樋口氏は現在のメンタル面の成長を口にする。
「たくましくなった。自分が点をとって勝たせるみたいなことも言っていますしね。高1の時の『ええ子だけじゃあかんぞ』というのが、高校、Jリーグ、ヨーロッパと、挫折を経験する中で、プロのメンタリティーになった」
4年前のロシア大会で代表落選した際は相当落ち込んでいたという。しかし、「全て次のワールドカップから逆算して行動しますと。移籍のこともあったし、全部考え続けていたと言っていました」。
4年がたち、当時遠慮がちだった教え子はスムーズなトラップから1人でボールを運び、逆転弾を決めきった。樋口氏は「いい意味での貪欲さを出して、1試合1得点くらい、ゴールにこだわってほしいと思います」と次戦以降にも期待を込める。
ドイツ戦後は「感動をありがとう!」とLINE(ライン)で祝福。浅野からの返信では感謝の言葉とともに「全てが今日に繋がっています」と送信された。
日本を沸かせた「1点」は、これまでの積み重ねだった。【波部俊之介】


