FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会決勝トーナメント1回戦で、日本はクロアチアに敗れ、大会を終えた。1次リーグでは優勝経験のあるドイツ、スペインを撃破したが、目標の8強入りは逃した。

森保一監督(54)が就任して4年。今大会を通じて得た収穫と課題とは何か。「森保ジャパン ドーハの光と影」と題し、連載する。

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MF三笘薫、DF冨安健洋、MF堂安律、DF板倉滉、FW前田大然…。今大会で輝き、チームを救った多くの選手が東京五輪に出場していた。A代表と五輪代表を兼任した森保一監督(54)「五輪経由のA代表という意識ではなく、A代表の選手が五輪に出場するようになってほしい」と、選手には高いハードルを課した。冨安や堂安には、早くからA代表に軸足を置かせた。

1人でも多くの五輪世代にA代表の経験を積ませたい。18年に南米選手権(ブラジル)に出場した際には、23人中18人を五輪世代で構成した。「若い選手が南米の代表チームと真剣勝負することで成長につながり、東京五輪にもプラスになる」と森保監督。MF柴崎岳、GK川島永嗣ら経験ある選手を織り交ぜながらも、若手を軸にした。

同時期にはU-20W杯ポーランド大会も開催されていたが、エースとして使いたかったMF久保建英は南米選手権へ。川島、柴崎らとプレーした久保は「今の自分たちにないものを持っている」と、上の世代から学びも多かった。若い選手を積極的に上のカテゴリーへ引き上げたことは着実に成果になった。

森保監督は、プロの試合だけでなく、大学の試合の視察にも足しげく通った。大学連盟が東京五輪に選手を送り込むため、新たな大会を作って強化機会を増やしたが、それも吸い上げた。19年4月には関東大学リーグを訪れ、筑波大-東洋大戦など2試合を視察。筑波大には当時4年のMF三笘薫がいた。「将来どんな選手が出てくるかわからない。『あのとき見た選手がこうやって成長している』となれば」と話していたが、その言葉通り、今大会の殊勲者の1人になった。

森保ジャパンの功労者だったFW大迫、MF原口らを選外とし、7月の東アジアE-1選手権で活躍したMF相馬をW杯メンバーに抜てきした。離脱者の追加招集にはFW町野と、26年W杯を見据えられる選手を選んだ。「経験は浅いけど、選手の野心にかけた」。五輪世代の多くが、期待に応えた。

森保監督が五輪代表を兼任した4年間で、多くの選手がA代表にステップアップした。W杯代表26人に主力もサブもなく「全員が主力」と言えるまでメンバーを醸成。「これからは、エースじゃなくてリーダーになりたい」と今大会2得点の堂安。4年後の8強へ、その土台までしっかり作り上げた。【岡崎悠利】