「グレート・ホール・オブ・チャイナ」。

 英国メディアは、万里の長城に当てられた「グレート・ウォール・オブ・チャイナ」にかけて、母国サッカー界に見られる中国資本参入をこう呼ぶ。「ホール(haul)」は「漁獲」の意味。語呂良く訳せば、中国の「豊漁な長者」とでもいったところか?

 今季プレミアリーグにおける中国人所有クラブ数は、まだ2クラブにとどまってはいる。しかし、プレミア昇格を目指すチャンピオンシップ(2部)勢を含めれば、中国の富豪や投資団体による買収は、今年8月に最新事例となったサウサンプトンがここ1年半で5件目という勢いなのだ。

 英国社会全般に見られる傾向が、サッカー界にもやって来たという印象が強まっている。この2、3年で、中国からの旅行者数は3~4割増、訪英時の消費総額は2~3倍にアップしたと報じられている。ロンドン市内中心部の豪邸や新築高級マンションのペントハウスが売れると、10年前であれば「またロシア人か」と言われていたところが、今では「きっと中国人だ」と言われる。

 サッカー界も同様で、中国人オーナー誕生のうわさは日常茶飯事。今年に入ってからも、プレミアで今季優勝候補のマンチェスター・ユナイテッド(マンU)から昨季降格のハルまで、複数クラブに関して中国資本による買収のうわさが絶えない。ターゲットとされたクラブの地元ファンが抵抗を示す様子も見られない。05年にマンUが米国人オーナーの手に渡った際、古くからのサポーターたちが抗議運動を起こした当時とは時代が違うのだ。

 プレミアにおけるオーナー国籍図は、過去15年間で英国人一色から半数以上が外国人へと変わった。その上、巨額の放映権収入で潤う「金満リーグ」では、選手の人件費が高騰する一方。今夏に移籍金を伴ってプレミア入りした選手の平均価格が1400万ポンド(約18億2000万円)を超えているように、もはや地元の金持ちオーナーの財力では太刀打ちできない世界と化している。そこでファンも、国際レベルの資金力を持つオーナーであれば、その国籍は問わなくなってきた。

 中国の大富豪たちは、「マネー」というプレミアとの共通言語を操るだけではなく、祖国の国家主席からサッカー界進出へと背中を押されてもいる。買収意欲も高まろうというものだ。UAEの所有物というイメージが強いマンチェスター・シティーにも、2年前から一部に中国系の資本が入っている。サッカーファンだとされる、習近平国家主席によるクラブ訪問後間もなくの投資決定だった。英国中部のミッドランズなどは、まるで国内サッカー界の「チャイナタウン」。ウェストブロミッジ、アストンビラ、ウォルバーハンプトン、バーミンガムの地元4クラブが既に中国系の手中にある。

 このミッドランズの主要4クラブは、ミリオネアの上を行く「ビリオネア」の数で米国をしのぐとも言われる中国資本にすれば地味な買い物だ。現プレミアのウェストブロミッジにしても、残留争い回避が毎年の第一目標。アストンビラは欧州制覇歴(81-82年シーズン)を持つ古豪だが、一昨季に自業自得の最下位で2部に転落した。同じく2部の残る2クラブは、プレミアに上がっては落ちる「ヨーヨー・クラブ」となって久しい。

 そこで勘ぐりたくなるのが、純然たる経済面での英中両国関係。この数年、英国政府は中国からの投資獲得に力を入れてきた。その主な対象として、26年開設を目標とする欧州最速レベルの新鉄道網がある。ロンドンと国内北部、さらには北部での東西間リンクも高速化される見込みの鉄道網は、ミッドランズが第一の分岐点。北西部のマンチェスター、リバプール、リーズ、そして北東部のニューカッスルやハルと、中国資本による地元買収がうわさされているクラブの本拠地は、いずれも新鉄道網の路線上に存在する。

 英国政府から見れば、国技とも言うべきスポーツにして、最大級のエンターテインメント産業とも呼べるサッカーが、招きたくて仕方のない投資パートナーを引き寄せてくれているようなものだ。祖国の国家主席による要請で進出したサッカーの母国で、政府には歓迎され、クラブをサポートする地元民にも受け入れられる中国人オーナーたち。10年後のプレミアは、大半を占める外資の中でも中国資本を主流とする「中華サッカー共和国」となっているかもしれない。(山中忍通信員)

 

 ◆山中忍(やまなか・しのぶ)1966年(昭41)生まれ。青学大卒。94年渡欧。第2の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を時には自らの言葉で、時には訳文としてつづる。英国スポーツ記者協会及びフットボールライター協会会員。著書に「勝ち続ける男モウリーニョ」(カンゼン)、訳書に「夢と失望のスリー・ライオンズ」(ソル・メディア)など。