マラソンのエース瀬古利彦(31=エスビー食品)が24日記者会見し、12月6日のソウル五輪代表選考レースの福岡国際マラソン欠場を発表した。15日の東日本実業団駅伝(千葉)4区を走った際、たすきリレーの直後に左足首のヒ骨下端をハク離骨折しており、全治3週間。五輪予選として東京(来年2月)、びわ湖(同3月)が残されているが、「福岡の一発勝負で代表3人を決める」が、陸連の方針だった。「もしチャンスが与えられたら、死ぬ気でやる」と、瀬古は悲痛な表情だ。

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24日午後5時から、東京・渋谷の日体協で行われた会見には、瀬古、診断にあたった米沢博医師、エスビー食品の小林尚一スポーツ推進局局長、陸連小掛照二強化委員長の4人が出席し、けがの経過説明をした。

15日、同僚の新宅雅也(29)にタスキをリレーする際、走り終えた直後に左足首をねん挫。衝突などはなく、瀬古は「ボキッと音がした」と話している。直後から記者会見の時間を30分近く遅らせて氷で冷却したが、痛みとハレがひどく、16日、エスビー食品の社医である米沢博医師にレントゲン検査を依頼した結果、ハク離骨折が判明した。周囲のじん帯と筋肉の損傷がひどく「こぶし程度にはれており、無理はできない状態」(米沢医師)のため23日、故中村監督夫人道子さん、小林局長、村尾マネジャーが千駄ケ谷の中村夫人宅で最終決断を下し、23日夜、小掛委員長に連絡を入れた。

「残念で自分が情けない。15日より後は、イライラして不安でとても眠れる状態ではなかった。この試練をどう乗り切るのか、今は自分でもわからない」。会見で身につけていた黒のソックスは、外側に盛り上がったままだった。

陸連では来年2月の東京国際、3月のびわ湖マラソンを代表選考会にしているものの、福岡を事実上の決定戦としていた。そのため、21日の理事会で「福岡直後に緊急強化部会を開き、代表3人を決定させてほしい」と、小掛委員長自ら要請していた。委員長は「現時点では福岡の結果を待つよりほかない」と話し、もし福岡で3人の代表が好記録で走れば、瀬古には五輪出場のチャンスはないことを示唆している。逆に福岡の(1)記録が9、10分台(2)レース内容(3)キャリアの全くない選手が上位に入った場合-を考慮すれば、瀬古にも残る東京、びわ湖でのチャンスは与えられることになる。これについては、旭化成勢、中山竹通(27)、伊藤国光(32)ら現場の意見を委員長が聞くとともに、福岡までの2週間のうちに緊急強化部会を開くことが決まっている。

「中村先生に、お前はまだ未熟だと言われているように思う。木登り名人は最後の一歩まで慎重だ。人生七転び八起きといわれていたことの重大さが今、身をもってわかりました」と、瀬古は話した。今後はまずハレ、何より痛みを針、マッサージで除去し、それと並行してウオーキングを行う予定でいる。

「五輪代表を外れたとしても、不満はひとつもない。しかし、自分のマラソンをこれで終わらせる気はない」(瀬古)。20日のレントゲン再検査では、骨折個所がすでに自然結合していることも確認された。ソウルを目指して10年、瀬古は単純計算でも10万キロを走ってきたことになる。レントゲン検査ではその執念と蓄積疲労を示すかのように、ほかの古傷(骨折)も見つかった。「チャンスが与えられたら死ぬ気でかけてみる」と、瀬古は真正面を見つめて話した。【増島みどり】

 

◆美恵夫人(28)の話

1週間悩み苦しんでいました。私としては「大丈夫、治ります。元気を出して」と励ましてはきましたが……。残念な気持ちは主人の方が大きいと思いますが、これも試練だと思って協力して乗り切りたい。

 

◆ライバルの反応

中山竹通(27=ダイエー)は「ああ、そうですか」と全く意に介さない様子で、「自分としては福岡にベストな体調で臨むだけ」。旭化成軍団を率いる宗茂(34)も「瀬古君が出場しようとしまいと自分たちのベストを尽くすだけ。あまり関係ない」と話し、代表の座「三つ」へのし烈な戦いを感じさせた。五輪代表候補(8人)の一人、伊藤国光(32=鐘紡)は「なんとも思いませんね。東京もびわ湖もあるし」と、他人よりも自分のことを考えるのが精いっぱいだと強調している。

この日、中山らソウル候補5人を含む福岡国際マラソンの国内外出場者167人が陸連から発表された。