「どんなことがあっても、ソウルはあきらめません」。瀬古利彦(31=エスビー食品)が7日、五輪第3の代表の座を目指して、悲壮な覚悟で練習を再開した。東京・代々木公園で約7キロを30分かけてジョギングしたが、人前に出なかったこの2週間、実は嫌がらせの電話や脅迫状まがいの手紙が所属チームなどに送られたことも明らかになった。世論にも厳しいものがあるが、「走って答えを出すしかない」と瀬古はきっぱり。二重、三重の重圧の中で、2月の東京国際、または3月のびわ湖で、人生最難関のレースに挑む。

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7日、瀬古の会見に立ち会った小林尚一エスビー食品スポーツ推進局局長によれば、「この2週間、内容を明らかにすることはできないが、瀬古に対する脅迫状まがいの手紙や批判、嫌がらせ電話などが寄せられていた」という。11月24日にはく離骨折による福岡マラソン欠場を発表して以来、瀬古は公的には一切表に出ず、発言もしなかった。第一の理由は「他の皆さんにこれ以上迷惑をかけたくなかった。謹慎していた」(瀬古)だが、それ以上に関係者が気遣っていたのが、この嫌がらせなどへの対応だった。

唯一のトレーニングだったウオーキングで街中を散歩中にも、「お前なんかヤメちまえ!!」と、通行人から激しいバ声を浴びたこともあったと、小林氏はつらい表情を見せた。陸連に対しても激励の電話が多かったが、過激なものもあった。

今年1月、代々木公園での練習中に暴漢に襲われ、顔面、ひざを数発殴られた事件があり、これは警視庁捜査一課と代々木署が捜査を進めた。今回は脅迫事件として届けを出すような事態ではなかったが、「1月の事件を考えて慎重に対応しよう」(小林氏)というのが、エスビー食品関係者と陸連の方針でもあった。

7日午後3時、2週間ぶりに会見を行った瀬古は、上下にヤッケを着込み、少し照れた表情を見せた。足首の痛みはまだ消えておらず、立ち話の約20分間も、右足に重心をかけ、左足は休めの形で力を抜いたままだった。「とにかく福岡を走った皆さんにはただただ謝りたい。自分としてはスピード練習もまだできないが、精いっぱい努力して2月か3月のどちらかを目指す」と話した。

福岡で堂々優勝した中山竹通(27=ダイエー)に週刊誌上で「はってでも福岡に来て謝れ」と批判された。しかし実際は、ライバルと世間に非難されているさ中の先週初め、瀬古は自分から小林局長に対し、「旭化成の宮崎ほか、候補選手の皆さんのところ全てを回らせてほしい。謝ってどうこうじゃないが、せめてきちんと謝罪はしたい」と申し入れをしている。考えた結果、瀬古が動けばかえって騒ぎになることを考え、実行はしなかったが、瀬古にとっては針のムシロだった。

ジョギングは5日に再開し、この日が2度目だが、30分程度。現在はエスビー食品嘱託医の米沢博医師(東京・中野区の米沢医院)のもとに週1回通院。慈恵医大スポーツ外科の大畠医師とも綿密に連絡を取り合い、エルゴメーター(自転車)など心肺機能のトレーニングを続けている。多くの練習量をこなせない瀬古にとっては、体重増加が一番の難題でもある。美恵夫人は、カロリーを控えながらも栄養価の落ちない献立を作り、サポートしている。福岡3位以内の土俵を下り、記録、順位、ライバル、世間と何重もの見えないプレッシャーが瀬古にはかかっている。

「苦しい練習後にはこれが最高の楽しみなんです」。いつもそう話す大好物のビールにも、11月15日以来、一度も口をつけていない。【増島みどり】

 

◆瀬古に聞く

-昨日の福岡のレースは

瀬古 はい、都内某所でテレビで見ましたが、あまりに速いペースに驚きました。もし自分が出場していても、あれにつけたかどうかは不安です。中山君は一回り大きくなった。

-ソウルについては

瀬古 以前も言いましたように納得する走りをするだけです。自分の立場についてはとやかく言えません。最善の努力をして、東京か、びわ湖のどちらかには出たいと思っています。

-人前に出なかった理由は

瀬古 自分のせいで迷惑をかけたみなさんに、ただただ謝りたい気持ちでいっぱいです。重ねておわびするしかありません。試合の前にいろいろ言って雑音を与えることだけはしたくなかった。自重していたというのが本当のところです。

-旭化成勢、伊藤さんのことはどう思いますか

瀬古 チャンスはまだ同じにあると思っていますので、彼らも出てきてくれればうれしい。

-今後は

瀬古 体重を乗せると痛みもあり、ジョギングしかできません。スピード練習のメドが立っていないので、まだ具体的な計画はありませんが、自転車などのトレーニングで心肺機能は落とさないようにしたい。

-二重、三重の重圧だが

瀬古 それは自分で招いてしまったこと。みなさんが納得してくれるような走りで答えを出すしかないと思ってます。

 

◆中山は「改めて話すことない」

ソウル五輪代表に内定した中山竹通(27=ダイエー)は7日午後、新幹線で神戸にある動務先のダイエー名谷店(庶務課)へ戻った。前夜は博多駅前の宿舎で同僚と祝杯を挙げたという。この日は朝早くに約1時間、宿舎の周りを走った。午前9時からは、市内のダイエー系列スーパーの朝礼に出向き、600人の従業員が集まった会議室で激励を受けた。中山は「別に1日たって気持ちが変わるものじゃないし、改めて話すこともないです」と言っただけだが、今後は終盤35キロからのスピード養成を目指す五輪用練習に取り組む。一方、新宅雅也(29)も午前10時、東京・日本橋のエスビー食品本社で五輪当確を報告した。