新鋭の坂本直子(23=天満屋)が大阪決戦を制し、アテネ五輪代表の座を確実にした。前半は互いにけん制し合って超スローペースとなったが、30キロ地点から坂本がスパートして独走態勢に入り、3度目のフルマラソンで初優勝を飾った。2時間25分29秒と平凡な記録ながら、日本陸連幹部は強豪ぞろいのレースを制した点を高評価した。もう1人のナオコがアテネに羽ばたく。

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アテネ行きを決める鮮やかなロングスパートだった。30キロの給水がゴーサイン。ペットボトルを投げ捨てた坂本が一気にギアを上げた。「寒さで脚の動きが悪く、スピード勝負では負ける。早めに仕掛けよう」。自分に言い聞かせた。

渋井、弘山、天敵の千葉が止まって見えた。15分47秒。35キロまでの5キロに要した火の出るようなラップだ。相手の出方をみながらけん制し合った序盤の5キロ17分台の超スローペースを一気にぶち破った。

気持ちよさそうに独走した。マラソンで一番難しいのが、ペースを守りにくい独り旅。しかも残り「5キロのスタミナに課題があった。しかしランニングパートナーの徳永コーチだけは五輪切符を確信していた。帯同しなかった大会前の米アルバカーキ合宿。気温マイナス10度を下回る日があり、まつげも凍る中、坂本だけは1人でペースを守りながら走り抜いていたからだった。

2位の千葉に2分9秒差をつける圧勝。日本陸連の沢木強化委員長は「世界の大レースで通用する内容。最大限に評価したい」と当確を出した。

坂本の持ち味は度胸と勝負勘のよさ。昨年の大阪で初マラソンで日本最高デビューを果たした23歳は、この日のスパートのタイミングにも迷いはなかった。27キロ手前で千葉に仕掛けられたが、すぐには追わなかった。「我慢するしかない」と足を使わないよう徐々に差を縮め、逆にスパートし返した。「教えてできるものではない」とは武冨監督も舌を巻いた。

県立西宮高校時代の主な成績は高校選手権5000メートルの17位だったが、センスを感じたのが武冨監督だった。市民ランナーの父芳徳さんの影響で幼少時からスポーツ、特に縄跳び好きの少女の強いキックを生む硬いふくらはぎを見抜いていた。

坂本が初めて五輪を意識したのは入社1年目、先輩の山口衛里がシドニー五輪代表を確実にした99年だった。年賀状には「次は私が五輪に行きます」と書き、親類中から笑われた。それでも信念は変わらなかった。シドニーまで応援に行き「感動しました」。夢の五輪が現実となった。

ゴールでは武冨監督の胸に飛び込んだ。初マラソンの昨年は40キロ地点に立つ恩師の姿は目にも入らなかったが、この日は冷静だった。「今年はちゃんと見ました。監督の笑顔を見て初めて優勝を確信した。タイムよりも優勝を狙ってました」。女子マラソン界に出現したもう1人のナオコ。アテネでも度胸満点の快走をみせる。【牧野真治】

 

■高橋尚子に追い風、名古屋回避へ

五輪女子マラソン連覇を狙う高橋尚子(31=スカイネットアジア航空)が、代表に大きく前進した。大阪国際のタイムが2時間25分台に終わったことで、東京国際で暑さとも戦い2時間27分台をマークしたQちゃんが大きくクローズアップされた。佐倉アスリートクラブの小出義雄代表(64)は3月14日の名古屋国際回避の腹を固め、最終選考の行方を待つ。

シドニーの女王、高橋に追い風が吹いた。2時間25分29秒の決着は、過去5年の大阪で最も遅い平凡なタイム。「25、6分はあまりにも予想外。まあ、あれだけのメンバーがそろえば誰も行けないが。このコースなら20分か21分」と小出代表は感想を漏らした。前半の超スローペースを考慮してもタイムに見るべきものはなかった。同代表は、坂本を指導する武冨監督と顔を合わせると、思わず本音を吐き出した。「また一緒だなあ」。2人は高橋と山口衛里でともにシドニー五輪に臨んだ仲。同代表は高橋の代表当確を確信していた。

高橋は気温24度と季節外れの暑さの中で行われた東京国際で、2時間27分21秒で2位。直前の調整に失敗してガス欠を起こしながら、日本人で最高順位に入った。例年大阪は東京より2~4分は速いタイムが出る。坂本が当確ならば、2分差に満たない高橋は同等の権利を得られる。

名古屋国際回避の腹は決まった。「僕は全然悩んでいない」。以前からの考えは変わらなかった。たとえ強行出場して代表となっても、10カ月で3度42・195キロを走らなければならなくなる。アテネに万全の状態で出場できる保証はない。最終的には「本人にすべてまかせる。責任を押し付けるようだが、本人の決断が大事」とする小出代表と高橋の話し合いで決まるが、規定路線は維持される。大阪で好タイムが出た場合に備え名古屋出走の準備はしてきたが、これでアテネに照準を合わせた練習に専念できる。連覇の可能性も高くなる。

小出代表は事あるごとに、高橋の絶対性をアピールしてきた。「モノが違う。格が違う。全然違う。20分は強くなければ切れない」。レース後も、日本最高の2時間19分46秒を持つ愛弟子をプッシュした。「専門家は、皆誰が強いか分かっている。選ぶ人たちは分かっているよ。坂本さん強い、野口さんも強い。あと1人は誰だよ。ガハハッ」。同代表の信念は揺るがなかった。【岡山俊明】

 

■世界銅の千葉真子は完敗、名古屋結果待ち

アテネは遠のいた。千葉は昨年3月の大阪国際、同8月の世界選手権(パリ)と先着した坂本に独走を許して優勝を逃した。27キロ手前でロングスパートを仕掛けたが、30キロすぎで坂本に抜き返された。懸命に追い上げたが、2分9秒の差をつけられて2位に終わった。

攻めのレースが裏目に出た。東京国際での高橋との競争を避け、好タイムの出やすい大阪に有力選手が集中したことで、逆に駆け引き優先のスローペースの展開。千葉は先頭集団後方で待機したが、意を決したように飛び出した。スタミナをためてのラスト勝負が持ち味。「勘で行きました」。大事な選考レースで賭けに出て失敗。終盤で坂本を追い抜く再現はならなかった。強風にも苦しみ「か弱い体があおられちゃった」と明るく言ったが、笑顔はなかった。

トラックのエースもマラソン転向後は苦難の道のりを歩んだ。4年前のシドニー五輪選考会の名古屋国際をケガで欠場。その後は旭化成からリストラされて退社。小出代表の元に駆け込んで再起を図った。昨年の大阪国際2位、世界選手権で銅メダル。「マラソンで五輪」の子供のころからの夢はもう目の前だっただけに、ショックは大きかった。

「優勝できなかったことは残念だけど、全力は出せた。世界選手権も代表選考レースだし、ギリギリのラインには入ったと思う」。少し目を赤らめ、精いっぱい自分をアピールした。だが、皮肉にも同じ佐倉アスリートクラブの高橋の存在が立ちはだかる。千葉のマラソンでの五輪出場は厳しくなった。【田口潤】