トラックの女王・弘山晴美(31=資生堂)が、マラソンへ華麗な転身を遂げた。早過ぎたスパートで残り約500メートルで「世界最強」のリディア・シモン(26=ルーマニア)に抜かれたが、日本歴代3位、世界歴代9位の大会記録2時間22分56秒で2位に食い込んだ。シドニー五輪出場権は微妙だが、世界で通用する走りだった。シモンが2時間22分54秒で、大会初の3連覇を達成。有森裕子(33=リクルートAC)は2時間31分22秒で9位に終わった。

「見えざる敵」が、弘山の前に立ちはだかる。並走する世界最強のシモン、ではない。2時間22分12秒-。昨年11月の東京国際で山口が出したVタイムだ。五輪切符を確実に射止めるには、シモンをねじ伏せた上でこの数字をクリアしなければならない。「自分のリズムで走れっ!」。だからこそ、勝負の37キロすぎ、中央分離帯をはさんで歩道から飛んできた夫勉コーチ(33)の絶叫が、弘山にとってのGOサインだった。勝負重視だけならトラック勝負に持ち込んだ方が得策。早めのスパートは五輪出場をかける弘山の、執念の表れだった。

だが、シモンの底力は神がかりに近かった。一時は30メートル近く離した差をジワジワ詰められる。「最後までもつだろうと思ったから、まさか……」。残り1キロで沿道のファンから信じられない言葉が耳に入る。「10メートル差だゾ!」。思ったほどストライドが伸びない。残り500メートルでついに並ばれた。一気に突き放すシモンの背中を追う弘山。だが自慢のトラックのスピードを引き出す力は、残されていなかった。10メートル先のシモンをとらえきれず2位でゴール。胸にこみ上げる思いは「ああ、負けたんだ」だった。それでも電光掲示は2時間22分台をしっかり刻んでいた。

2年前の名古屋国際以来の事実上、2回目のフルマラソン。結果は敗れたが、3種目の日本記録を持つトラックの女王に、悔いはない。20キロまで16分台のラップ(5キロ)を刻むハイペースに有森、浅利、安部らが続々と脱落するサバイバルレース。その先頭集団でリズミカルな歩を刻み、アフリカ勢を蹴落とした。「今にして思えば早過ぎたかな」というスパートだけが唯一の心残り。「タイム的にも全体的にも自分なりに頑張れて納得いきます」と表情を緩ませた。

「出るだけ、入賞だけでいいならトラックでいい。でもメダル、いや金を取るために」と、トラックの五輪代表内定を蹴って選んだマラソンへの道。年末の奄美大島合宿中、自転車で転倒し右すねを痛めた上に発熱も。約2週間のブランクも執念で乗り越えた。「マラソンの歴史の中で2時間22、23分で走った選手はそれほどいるわけじゃない。そのへんをどう評価してくれるか、ですね」。シモンからは表彰式で「シドニーで会いましょう」と声を掛けられた。ミセスランナーは、選考の決断を神にゆだね吉報を待つ。