男子マラソン日本記録保持者の鈴木健吾(27=富士通)が、復活への道を歩んでいる。阪神、ロッテで活躍した鳥谷敬氏(41=日刊スポーツ評論家)がアスリートに迫る「鳥谷敬×パリ五輪の星」。23年度初回となる第9弾では、22年3月を最後に実戦から遠ざかる鈴木の今を、前後編の2回にわたって深掘りする。出場予定だった3月の東京マラソンは股関節痛のため欠場したが、24年パリ五輪代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」(10月15日、東京・国立競技場発着)へ向け、6月25日の2023函館マラソン(ハーフの部)で実戦復帰予定。前編では、トップランナーの現在地に迫る。【取材・構成=佐井陽介、藤塚大輔】

    ◇    ◇    ◇

鳥谷 股関節の痛みで今年3月の東京マラソンを欠場されました。まずは現状を教えてもらえますか?

鈴木 最高を10とすると、今は5ぐらいですかね。ケガが癒えて練習ができている段階。4月の徳之島合宿では30キロぐらいまで走りました。悪い方には進んでいないと思います。

鳥谷 22年7月の世界選手権の直前にも新型コロナウイルス感染という不運がありました。プロ野球選手の場合は毎日試合があるので、今日休んだとしても明日、明後日に取り返すこともできる。でもマラソンはそうはいかない。以前、ハンマー投げの室伏広治さんから「五輪は4年に1回しかない。前日に体調を崩したら終わり。そのプレッシャーがすごい」という話を伺ったことがあります。マラソンも簡単には取り返せない、という意味での難しさもありますよね。

鈴木 世界選手権の時は1カ月前ぐらいからアメリカの高地で練習して、仕上がりも悪くなくて楽しみな部分もあったんです。それなのに選手村に入って大会直前でああなってしまって…。あれは結構こたえました。

鳥谷 レースに出て結果が奮わなかったらまだしも、そもそもレースに出られないのはキツいですよね。他の選手も台頭する中、1年以上レースから遠ざかって、感情のコントロールも難しかったのではないでしょうか。

鈴木 腹立つみたいなのはないんですけど、早く復帰したいと焦る気持ちは少なからずありました。そこは自分をコントロールできていなかった部分なのかなと思います。息抜きをしていても試合に出ていないから罪悪感が常にあったり…。

鳥谷 競技とは別に趣味があるのですか?

鈴木 友達と飲みに行くのは楽しいですね。

鳥谷 ただ、マラソン選手は節制が必要な期間も長くて大変ですよね。

鈴木 僕は1カ月前ぐらいから飲まないようにしています。終わったら飲みたいな、という感じで。

鳥谷 鈴木選手は21年2月のびわ湖毎日マラソンで2時間4分56秒の日本記録を樹立されましたね。それ以来、環境の変化もあったのではないでしょうか。

鈴木 プロ野球選手の皆さんと比べたらあれかもしれないですけど、ありがたいことにすごく注目していただくようにはなりました。ただ、僕はあまり注目をプラスにやっていけるタイプではなくて…。結構ストレスになる部分もあります。今はしっかり気持ちをポジティブな方へ持っていけるようにやっています。プロ野球選手の皆さんは僕たち以上に注目されて厳しい言葉もかけられると思うんですけど、全て聞き流せるものですか?

鳥谷 野球選手は毎日数字に追われるんです。打率にエラー数、連続無安打…。なので苦しい時はマイナスな人を探して「自分はまだマシ」と考えたり…(笑い)。逆にいい時は上の人を見て「もっと頑張れる」と思うようにしていました。でも自分は基本、余計な情報やニュースを目に入れないようにしていましたね。

鈴木 そうなんですね。マラソンは心の部分がとても大切だと思っているので、勉強になります。

鳥谷 ちなみに今の目標は…。

鈴木 10月のMGCでパリ五輪の代表権を勝ち取ること、ですね。そこに向けて合宿を結構挟むんですけど、試合としては6月25日に行われる2023函館マラソン(ハーフマラソンの部)に向けて走っている感じです。

鳥谷 競技や選手によっても人それぞれだと思うんですけど、鈴木選手の場合、五輪の位置づけはどのような感じですか?

鈴木 高いです。パリには何としても出たい。東京五輪前のMGCで負けた時に「次は」という思いが強くなりました。あと…マラソンはメジャーな大会が6個あるんです。東京、ロンドン、パリ…。そういったレベルが高くて記録も狙えるレースで実力を試してみたい気持ちもあります。

鳥谷 現時点で世界記録は2時間1分9秒。最終的に2時間を切るランナーは出ると思いますか?

鈴木 余裕で出ると思います。オフィシャルじゃないレースでは1度2時間は切られていますし、今は2時間1分台の選手が普通に出てきている。近い将来、出てもおかしくないと思っています。

鳥谷 そういった選手たちと日本人選手との差はどう捉えていますか?

鈴木 アフリカ系の選手はそもそもの能力がやっぱり高い。走り方が違う。体の骨格というか、バネというか。もともと標高2000メートルで酸素が薄いところで生活していて、心肺機能が鍛えられている選手もいますからね。

鳥谷 五輪ではそういった選手たちとも戦うわけですが、「パリでこんな走りをしたい」というイメージはもうありますか?

鈴木 まだ今の力で大きいことは言えませんが…。五輪や世界選手権はタイムではなく順位の勝負。気温も高い時期にある。能力でケニアの選手たちと差があっても、駆け引きだったりでチャンスはある。そういった部分で一矢報えたら、という気持ちはあります。

(後編に続く)

 

◆鈴木健吾(すずき・けんご)1995年(平7)6月11日、愛媛・宇和島市生まれ。宇和島東高から神奈川大に進み、4年連続で箱根駅伝出場。18年4月に富士通入社。21年2月のびわ湖毎日マラソンで2時間4分56秒の日本新記録を樹立。同12月に女子マラソン一山麻緒との結婚発表。