中国の高官、張高麗元副首相から性的関係を強要されたことを自身のSNSで公表。その後、消息不明とされている女子テニスで、全仏、ウィンブルドンのダブルスに優勝した彭帥(35=中国)の問題は、究極の個人競技であるテニスと、国家主義の中国という背景がある。

10年以上前になるが、07年に筆者は、北京で、08年北京オリンピック(五輪)開催に向けた中国のテニスやスポーツ体制の取材をした。中国のテニス界は、同年年頭に、李娜が「プロ選手なら、五輪より4大大会の方が大事。五輪が大事なのは協会と国だけ」と発言し、大きく揺れていた。

中国のスポーツは、国家体育総局(以下総局)の管理下に置かれている。総局は、内閣に相当する国務院の直属機構で、つまり政府直轄の機関だ。その中に、直属部門として各競技の管理センターがある。テニスも総局テニス管理センターがあり、ここが中国テニス協会の役割を果たす。

同センターの高瀋陽強化担当副会長(当時)によると、選手の賞金の取り分は「2年前から60~65%」。以前は、全く選手の手元には残らなかったというから、大きな変化だ。「代表選手には旅費、宿泊費、練習の経費すべてが総局から出る」(高副会長)。つまり他国の選手が自腹を切る経費は国が面倒見てくれるため、高副会長は「手元に残る額は中国選手の方が多くなるはず」と強調した。

国が取る賞金の35~40%は3カ所に分配される。<1>ナショナルチームに約25~30%<2>総局に約10%<3>選手が所属する出身の地方体育局に約10%である。国や省が選手を育成してきた経費を還元するシステムだ。ただ、この総局管理のシステムに属さない選手もいた。

それが彭帥だった。彭帥は当時、世界42位で、中国NO・3の位置にいた。高副会長は、「彼女は代表の管轄下にない」と話した。代表の実力を持ちながら、居住する天津市の所属で、同市がコーチをつけ、どの大会に出るのも自由だった。当時、同160位の袁梦は、経費は全額個人負担だが、賞金を全て受け取れる完全プロだった。

高副会長は、意外にも「どんどん袁梦のような選手が出ればいい」と推奨した。しかし、取材が終わり、立ち話になったとき、高副会長から聞かれた言葉を忘れない。「テニスの選手は自分のことばっかり。もう少し国のことを考えないと。そう思わないか?」。答に詰まった。

テニスという競技は、個人の世界ランキングやツアーの性質上、国という発想が希薄だ。4大大会などで、国枠や制限もないため、どの国の選手かということより、個人の名前が優先する。中国の選手も、ツアーを転戦する限り、その世界にさらされる。

当時、アテネ五輪女子ダブルスで金メダルを獲得した李■という選手がいた。李■は、アテネ後、腰痛で不調に陥り、何度も引退を試みた。しかし、金メダリストを簡単に引退させない総局の意向で、引退届は3度も拒否され、取材当時の07年に4度目を出している最中だった。

自身の競技人生さえ自由に決められない選手が、世界ツアーに参戦し、何年も個人の自由な世界を目のあたりにしてきたら、どうなるか。その答が、今回の彭帥がSNSに放った告発だったのではないだろうか。

記した賞金の取り分や中国テニスの実情は、取材した07年のものであることを明示しておく。現在、賞金は、ほぼ選手がすべて受け取れるという話も聞くが、確かではない。【吉松忠弘】

※■は女ヘンに亭

【スポーツ徒然草・上】消息不明の彭帥、告発につながった反体制主義>

◆彭帥(ポン・シュアイ)1986年1月8日生まれ、中国湖南省出身。8歳からテニスを始め、01年プロ転向。13年ウィンブルドン、14年全仏女子ダブルスで優勝。WTAツアーでシングルス2勝、ダブルスで23勝。自己最高ランクはシングルス14位、ダブルス1位。177センチ。

彭帥問題の経過

★11月2日 彭が共産党最高指導部メンバーだった張前副首相と不倫関係にあったと実名で告白する長文を短文投稿サイト、微博(ウェイボ)に投稿。

★同14日 女子テニス協会(WTA)が、彭の告発内容について「検閲なしに、完全に、公正に、透明性をもって調査されなければならない」と声明を発表。

★同16日 大坂なおみが彭について、ツイッターで「テニス選手の仲間が性的虐待を受けていたと明かしてから行方不明になったと伝え聞いた」と記し「現在の状況にショックを受けている」と安否を案じた。

★同18日 中国国営メディアCGTNが、彭がWTAに送ったとするメールのスクリーンショットをツイッターで公開。しかしWTAのサイモン最高経営責任者(CEO)は「信じ難い」「私は何度も彼女に連絡をとろうとしたが駄目だった」と声明を発表。

★同19日 米CNNテレビ電子版はWTAのサイモンCEOが「ビジネスよりも大事なことだ」と中国撤退も辞さないとの強い姿勢で適切な調査を求めたと報じた。国連人権高等弁務官事務所の報道官は、彭の所在確認などを中国当局に求めた。

★同21日 北京市で行われたジュニアのテニス大会の主催者は彭が来賓として出席したとする写真や動画を公表。中国共産党機関紙系の環球時報の胡錫進編集長も、開会式で紹介された彭が手を振る様子の動画をツイッターに投稿。国際オリンピック委員会(IOC)はバッハ会長が彭とテレビ電話で30分間にわたり通話したと公式ホームページで発表した。