ショートプログラム(SP)2位の島田高志郎(21=木下グループ)が、初の表彰台となる銀メダルに輝いた。

フリー164・87点の合計252・56点。全日本は過去5位が最高で昨年も10位と殻を破れなかった。優勝した宇野と同じスイス・シャンペリーを拠点に、ランビエル・コーチに師事する中、176センチの長身スケーターが開花した。

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その瞬間、島田がランビエル・コーチと感情を爆発させて抱き合った。SP2位で、フリー後に表示されたのは暫定1位=銀メダル以上。優勝の宇野が「自分の演技後もステファンが僕の方を見ていなくて高志郎君と抱き合っていた」と苦笑いするほど島田にとっては念願だった。「まだ実感がわかない。やっと結果を出せた」と万感の思いだ。

勝負の演目は「チャプリンメドレー」。時にコミカルに、時に力強く。176センチで長い手足を生かした表現力で魅了した。冒頭の4回転サルコーは軸が傾いたが、手をつき、こらえる。続く4回転トーループを決めて立て直し、基礎点が1・1倍となる演技後半にはトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)-1回転オイラー-3回転サルコーの3連続を決めた。夢の全日本の表彰台に初めて乗った。

幼少時、長野・野辺山の有望新人合宿で06年トリノ五輪銀メダルのランビエル・コーチに出会い、拠点変更を考えていた15歳の時、思い切って同氏の拠点スイスへ渡った。「振り付けでお世話になった時、最高の環境でした」。高校1年の春、単身で。英語も話せず自炊もできない。それでも「スケートのためだけにずっと住んでいるので、1対1で向き合うには最高の環境。スケーターとして人間として育てていただいた」という地で心身を磨いた。

18年ジュニアグランプリ(GP)ファイナルで銅メダルを獲得した後、伸び悩んだ。負傷や1年間で10センチ以上も背が伸びたことによる成長痛に苦しんだ。コロナ禍もあった。その中で持ち前の表現力を信じて週6回、陸と氷で英才教育を受けた。「スイスでは感性を引き伸ばしてもらった」。同門で親友の宇野も、ここから世界王者になった。見て学ぶものは大きかった。

日本人離れしたメンタルは強い。この日もサルコーで失敗したが「自分はファイターだ」と奮い立ち、SPではランビエル氏から「セルフィッシュ(自己中心的であれ)」と送り出された。「周りは気にせず、一番の強敵は自分」。フリー6位でも総合2位を守るリードを手にし、試合で氷上の自分だけに集中。非公認ながら自己ベストで昨年の10位から一気に台の2番目まで飛躍した。【木下淳】

◆島田高志郎(しまだ・こうしろう)2001年(平13)9月11日、愛媛県松山市生まれ。6歳からスケートを始め、小4で競技に本格的に打ち込むために母と岡山県に移住。12年全日本ノービスB2位などで頭角を現す。15年全日本選手権では11位で新人賞を獲得。17-18シーズンから拠点をスイスに移し、ランビエル・コーチに師事。国際大会では今季のロンバルディア杯2位、GP英国大会4位など。趣味は音楽・YouTube鑑賞、料理、景色がいい場所巡り。176センチ。

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