3日目から記者クラブの一席に、音羽山親方(元大関貴ノ浪)の遺影が置かれた。初場所まで記者クラブ担当だった親方は2月から審判部に異動後も、仕事の合間に顔を出し、記者と談笑していた。明るい性格で記者からも愛されていたから、異論はなかった。
きっかけは、現記者クラブ担当・二子山親方(元大関雅山)の提案だった。「僕も親しくさせてもらいましたし、(音羽山親方は)ここがすごく好きだったので、少しでも喜んでもらえたらな」。現役時代、所属した武蔵川部屋とはライバル同士。だが雅山が新大関だったちょうど15年前、3日目の土俵下で、大関から陥落していた関脇貴ノ浪から声を掛けられた。「『いつまでも硬くなってもしょうがないぞ』って、苦しんでいるときに声を掛けてくれた。あれで楽になったんですよ」。おかげで2連敗から3連勝。結局負け越したが、その言葉が忘れられないという。
「日本一の相撲好き」を公言していた音羽山親方。なじみの力士の取組を、テレビを食い入るように見ながら応援していた姿が懐かしい。今ごろ、こう言っているかもしれない。「貴ノ岩、頑張れ」。【桑原亮】


