<三沢光晴選手死去…ファン追悼メッセージ=34>
◆おれの人生のすべてです。川田さんとの三冠戦勝利後のインタビューで「気持ちさえあれば体は何とかついてくる」この言葉は忘れません。精神的に強い三沢さん。おれは必ず将来、男として三沢越えを果たしたいです。ご冥福をお祈りします。(男性30代)
◆ただただ無念!
悲しい。(男性50代)
◆三沢さん、今まで多くの感動をありがとう。武道館の三沢・小橋戦は涙流しながら見てました。本当にプロレスに命懸けてしまってんですね。貴方の愛したプロレスとノアを一生応援していきます。斎藤選手これからもプロレス続けてください。(男性40代)
◆三沢さんがいなければここまでプロレスを好きになることはなかったかもしれません。少年時代のヒーロー、大好きなプロレスラーでした。未だに信じることができません。本当に残念です。ご冥福をお祈りします。(男性20代)
◆三沢さん、あなたがリングに倒れたまま起き上がらないなんて、未だに信じる事ができません。私はあなたの姿を、ノアのマット上で繰り広げられる激しい試合の中に、何度も探す事でしょう。ノアの緑のマットがある限り、私の中であなたは永遠です。(女性30代)
◆馬場さんの時とは違う三沢さんが死んだこの喪失感は、自分のプロレスが鶴田-三沢によって形作られている証でもあり、その受けるインパクトの違いが即ち時代の流れなんだろうとも思う。怪物ジャンボ鶴田の背中を追い大きくなった三沢。名実ともに周囲に鶴田越えを認められる前に怪物は去った。代わりに大きな壁として存在したスタン・ハンセン。その三沢の背中を追って強くなっていく川田や小橋。三沢のすごい所は自身に対して鶴田が強大な壁であったように、エースとなって5年ほど川田・小橋にはほぼ負けていないこと。三銃士がライバル心で各々育った3本の矢であるならば、四天王は三沢という核に追い付け追い越せという関係。その意味で四天王とは三沢が導いて形成された枠であり、故に三沢は90年代の全日のエースであり続けた。プロレス人気低迷の中、突然に船長を失った方舟の行く先は気になりますが、三沢がいたから90年代のプロレスは輝いていた。新日より全日の方が強いって思えた。全日が最高だった。ありがとう三沢光晴。鶴田、ハンセン、ゴディ、ウィリアムス、川田、小橋…数々の死闘は俺の瞼のなかに今もあります。(男性30代)
◆全日本プロレスを子供の頃からテレビで見てました。特にマスクを脱いでからの三沢選手が大好きでした。試合中の鬼の形相、トーク番組で見せるお茶目な表情、そのギャップが最高でした。(男性30代)
◆タイガーマスクになる前のカミカゼ三沢として、メキシコ遠征していたころからのファンです。顔面に何発蹴りを喰らっても、エグイ投げを何発喰らっても、カウント2・9で返す三沢さんは凄かった。新日・UWFインター・リングスの試合と比較しても、あんなに技を受けきれる凄い選手はいなかった。私の中ではノアが最強。三沢さん、まだカウント2・99ですよ!(男性40代)
◆未だに信じられない。信じたくない。全日本四天王時代から観ていました。ノアになっても武道館などの大会に観に行っていました。三沢さんは何があっても立ち上がってくるイメージしかないです。最後はエルボーで何とかなる。絶対に勝つというイメージしかないです。観戦した最後はスパルタンXが絶対流れていました。訃報を聞いてからはスパルタンXを歌い、泣いている毎日です。誤報であってほしい。(男性30代)
◆あまりプロレスに興味の無かった私がプロレス大好きになったのはきっと三沢さんがいたからかもしれません。全日時代もノア時代も試合会場でファンに対する姿勢も真摯で気さくで優しく写真撮影の時にはこっちが緊張してると軽いジョ-クで笑わせてくれました。いまだに信じることが出来ません。明日目覚めたら「悪い夢だったなぁ」と思いたいくらいです。(女性30代)
◆三沢選手のファイトに何度も勇気づけられました。残念でなりません。心からご冥福をお祈り致します。(女性30代)
◆全日時代は何度か会場に観に行きました。三沢選手とジャンボ鶴田選手の試合は特に感動しました。二人とも故人になってしまうとは…。ご冥福をお祈りします。(男性30代)
◆今はまだ信じられません。鶴田・橋本そして三沢。なぜこんなにも素晴らしい選手ばかりが亡くなってしまうのでしょう。彼らの分まで、全プロレスラーの皆さんには今後も頑張って欲しいし、三沢選手から勇気と希望を学ばしてもらっら僕らも色々な意味で今後恩返しをします!
三沢光晴は生涯不滅です!!(男性30代)
◆あなたを見てプロレスを好きになり、あなたの何度も立ち上がる姿に勇気づけられ辛い時も乗り越えてきました。嘘であって欲しい、今も思いは変わりません。さよならは言いたくない、あなたはいつまでも私の胸に生き続けます。(男性30代)
◆プロレスの質を一気に高めた人。これからもプロレスを見守ってください。同郷人として本当に大好きでした。(男性30代)
◆最高のプロレスラーは?
と聞かれれば、これからも三沢と答え続けます。興奮と感動をありがとうございました。(男性20代)
◆自分にとってのプロレス最盛期は、全日四天王時代の武道館観戦です。四天王と言わながら三沢さんが頭二つ以上抜けており、試合での強さ・上手さ・面白さにいつも唸らされてりました。天国にも美味しいお酒や綺麗なネエちゃんがおります。ゆっくりとお休みください。(男性50代)
◆突然のことで言葉を失っています。何度も会場へ観戦にいきましたが、もう三沢コールを出来ないのが辛いです。間違いなく三沢光晴は最高のプロレスラーです。天国で橋本さん馬場さん鶴田さん冬木さんといつまでもプロレスをしてください。そして残されたノアを含めたプロレスを見守ってください。(男性30代)
◆中学生の時、久々に見たプロレス中継が全日本プロレスでした。丁度タイガーのマスクを脱ぎ「三沢光晴」として活躍しはじめた頃。僕のヒーローでした。三沢さんの死を今でも信じられません…。(男性30代)
◆三沢が死んだ…。ネット、テレビ、新聞でこれでもかという程聞かされているのに受け止められません。プロレス放映が深夜帯になり、なかなか一般の目に触れなくなっても三沢さんのプロレスはますます加速していった様に思います。実際に「こんな事してたら死ぬよ」なんて事は数え切れないほどあった。それでも三沢は不死身だった。だからファンは知らずのうちにもっと過激なものを求めていった。今度はどんな技お見せてくれるんだろう…。それに応えてきたダメージの蓄積はここ数年の三沢からは素人目にもハッキリと映っていた…。三沢を殺したのは我々ファンなのかもしれない…。本当にありがとうございました。本当にお疲れ様でした。(男性30代)
◆人間としての人生の目標でした。今までありがとう、本当にありがとう。(男性30代)
◆ジャンボ鶴田が好きだった私にとって体が一回り小さい三沢選手が不満でもあった。しかし大型選手に果敢に挑みエルボーによって体格負けしない攻撃技を開発した時に本当のエースと呼んでも申し分ないと思いました。それから15年以上試合を見てます。一回り小さい選手がどうやってスーパーヘビー級の選手を同等以上に試合をできるかを示せた日本のレスラー史に残る名レスラー三沢光晴ありがとう。(男性30代)


