是枝裕和監督(55)の「万引き家族」(6月8日公開)がカンヌ映画祭の最高賞パルムドールに輝いた。日本映画では21年ぶり。審査委員長の女優ケイト・ブランシェット(49)も「演技、監督、撮影など、すべての要素が総合的に素晴らしかった」と絶賛した。

 世界三大映画祭の中でもカンヌは頭ひとつ出た存在。文字通りの快挙であり、この機会にその重みを振り返ってみたい。

 過去3人の受賞者は「巨匠」ばかりだ。衣笠貞之助監督が54年の「地獄門」で、黒沢明監督が80年の「影武者」で、今村昌平監督が83年の「楢山節考」と97年の「うなぎ」でそれぞれ栄誉に輝いている。

 受賞時の年齢は衣笠監督が58歳、黒沢監督は70歳、今村監督が57歳である。パルムドール受賞となれば企画は通りやすくなるし、資金も集まる。55歳での受賞には、この意味でも価値がありそうだ。

 3人の巨匠が受賞した頃、日本ではこの賞を「カンヌ映画祭グランプリ」と邦訳していた。最高賞という意味で、ベネチア、ベルリンと併せ、新聞では三大映画祭の最高賞はいずれも「グランプリ」にくくっていた。

 だが、カンヌにはもともと「グランプリ」という賞が別にあり、90年に小栗康平監督の「死の棘」が実際にこの「審査員グランプリ」を受賞した辺りから、この呼び方にややこしさが生じ、パルムドールという直接的な表記が一般化したと記憶している。

 ベネチアの金獅子賞とベルリンの金熊賞はそもそも「金」が付いていて日本人にも分かりやすいが、当時パルムドールの語感は正直ピンと来なかった。直訳すると「金のシュロ」。日本原産のワジュロではなく、ヤシ科のナツメヤシを指すそうで、欧州では一般に勝利、栄誉の象徴だそうだ。欧米人にはしっくりくるネーミングなのだろう。

 過去をたどれば、是枝監督は日本で初めて「パルムドール受賞」と一報された映画監督ということになる。カンヌには縁もある。

 04年の「誰も知らない」では、当時14歳の柳楽優弥が最優秀男優賞。13年には「そして父になる」が国際審査員賞。15年の「海街dialy」、16年の「海よりもまだ青く」も出品された。前作「三度目の殺人」(17年)では趣を変えてサスペンスの抑揚が印象に残ったが、今作では再び従来の人情ドラマの色合いを強め、カンヌ初出品から14年目でパルムドールにたどり着いた。

 同じ「是枝調」でも、今作が最高賞の一線を突き抜けたのは、その密度の濃さにあったのではないかと思う。

 監督が着想を得たのは2年前だという。親が死亡したことを隠し、年金の不正受給で暮らしていた家族の事件が目に留まった。「死んだと思いたくなかった」という家族の言い分を知って、「その言葉の背景を想像してみたくなった」と言う。その場逃れの言い訳と突き放すことなく、「彼らなりの家族のつながりがあったのではないか…」と思いを巡らすところが是枝調を生みだし、人間の優しさを映し出す。

 リリー・フランキーと安藤サクラの夫妻には拭い切れない過去があり、樹木希林の母には亡夫が残した別の家族への複雑な思いがある。松岡茉優が演じる血のつながらない娘との関係も複雑だ。彼女はいかがわしいバイトをしながらも、ピュアな心を持っている。

 夫妻の息子(城桧吏)は親にそそのかされて万引で生計を助け、両親に虐待されていた近所の幼女(佐々木みゆ)がここに加わる。製作当初のヒントになった年金不正受給に加えて、「犯罪」はてんこ盛りだ。毛色の違う「三度目の殺人」をのぞけば、是枝作品史上、もっとも罪深い映画と言えるだろう。

 それでも、年季の入った平屋で暮らす「一家」の絆は深い。つまらない常識や法律の一線が家族それぞれの「優しさ」で溶かされていく。就学していない息子が独学を始め、万引の「罪」に気付くのもこの環境があるからだ。

 大人グループの俳優陣は文句なくうまいが、泣かされるのは松岡を含めた「子どもグループ」だ。あどけなさをさらっと切り取り。ピュアな心が表情に宿る。改めて子役使いのうまさにうならされる。カンヌ審査員の心をとらえた決め手もやはりそこだろう。【相原斎】