中村橋之助あらため8代目中村芝翫(51)の襲名披露興行が東京・歌舞伎座で行われている。夜の部の「口上」では坂田藤十郎、尾上菊五郎、中村吉右衛門、坂東玉三郎ら幹部俳優が並び、襲名興行ならではの華やかさだが、いるべき人がいないことの寂しさが心の片隅から離れなかった。

 新芝翫の兄中村福助(55)と義兄の18代目中村勘三郎である。福助は14年春に曽祖父、大叔父が継承した女形の大名跡「中村歌右衛門」を7代目として襲名する予定だったが、前年13年の11月公演途中に脳内出血で倒れた。そのため襲名は延期され、今も療養生活を送っている。勘三郎は歌舞伎界の若きリーダーとして活躍していたが、12年12月に57歳で亡くなった。新芝翫はこの2人と平成中村座、コクーン歌舞伎など数多くの舞台で共演し、本来なら襲名興行でも一緒の舞台に立ったはずだった。

 昼の部「幡随長兵衛」で福助は女房お時を演じただろうし、勘三郎は敵役の水野十郎左衛門だったかもしれない。口上でも、新芝翫のことを誰よりも知っている2人だから、観客も喜ぶ面白い話が飛び出していただろう。何よりも、「中村歌右衛門」「中村勘三郎」という大名跡が口上に連なることの重みが違ってくる。

 福助の長男中村児太郎が口上で「父も芝翫の襲名を喜んでおります。父は復帰に向けてリハビリに励んでおります」と話すと、客席からひときわ大きな拍手が起こった。福助の復帰を待望し、7代目歌右衛門と8代目芝翫が同じ舞台に立つ日が来ることを期待する拍手だった。【林尚之】