平幹二朗さんは90歳まで舞台がやれる人だと思っていた。亡くなる1カ月前に主演舞台「クレシダ」を見た。17世紀英国を舞台に膨大なせりふを緩急自在にあやつり、少年俳優を教える老優を見事に演じていた。「老い」を感じさせない迫力があった。

 俳優座から始まる俳優座人生は60年を超えたが、平さんは「年齢を考えれば、明日はないかもしれない。演じるだけでなく、『今日も生きていた』という楽しみを感じながら舞台に立っています」との境地に到達した。かつては「感情過多」「演技過剰」と言えるぐらい、攻めの演技をみせていたが、晩年は「自由に体が動き、気持ちもどんどん流れていく。俳優の原点というか、ゼロに戻れる」と述懐していた。

 「舞台の上で倒れて死ねれば本望」が口癖で、出演依頼にも、うまくやれそうもない役柄にあえて挑戦した。蜷川幸雄氏演出の主演舞台「王女メディア」は44歳の初挑戦以来、ギリシャなど海外公演も行い、「壁にぶつかった時期だったけれど、女性の役をやることで、自分が大きく変わった。転換期になった作品」と語るほどの代表作になった。78歳の時、101ステージの全国公演を行った際、「この役はすごいエネルギーがいる。年齢を考えて、最後にしようと思う」と卒業を宣言した。しかし、昨年、再び「王女メディア」を復活したが、より迫力を増し、明瞭なせりふ術とともに見る者を圧倒した。

 78年の「近松心中物語」以来、平さんの舞台は何十本も見ているが、ベスト3は「近松心中物語」「王女メディア」、そして劇団四季浅利慶太氏演出の「鹿鳴館」を挙げたい。平さんは俳優座の千田是也氏、浅利氏、蜷川氏と日本を代表する3人の演出家に厳しく鍛えられ、演劇界最高の舞台俳優だった。【林尚之】