東京・歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部「駄右衛門花御所異聞」で、市川海老蔵(39)と長男勸玄くん(4)の親子宙乗りが話題を呼んでいる。妻小林麻央さん(享年34)が6月22日に亡くなり、その悲しみが癒えぬ中での舞台で、4歳での宙乗りは史上最年少記録となる。

 2日目に見たが、その時にちょっとしたハプニングがあった。百狐(びゃっこ)姿の勸玄くんが花道からトコトコとスキップしながら登場。最初のせりふを言おうとした時に、1階席の女性客から「カンカン! えらい!」と甲高い掛け声が飛んだのだ。大向こうの「成田屋!」などの掛け声は舞台の雰囲気を盛り上げる効果があるけれど、その時はあまりにタイミングが悪く、一瞬、周囲に緊張が走った。

 しかし、勸玄くんは、その声の主の方をがん見して、せりふを遅らせて「勸玄百狐 御前に」と続けた。普通の子供なら、そこで固まってしまい、せりふが出てこなくても仕方がないが、勸玄くんは自分で間合いを取り、自然と演じて見せたのだ。これを見ていた香川照之こと市川中車は大感激した。海老蔵のブログによると、中車が「あれはすごいよ! 感動した!」と褒めると、勸玄くんも照れていたという。

 最近、歌舞伎を見ていて、思わず首をかしげてしまう掛け声が多くなった。ひと昔前までは、掛け声は1階席からはダメとか、女性が掛けてはいけないなどの暗黙のルールがあった。もともと、大向こうは舞台から遠い客席のことで、そこから発せられる掛け声が「大向こう」と言われるようになった。3階席からの掛け声は天井に反射して通りも良いのに対し、1階席は舞台に近すぎて、役者にも観客にも邪魔な声にしか聞こえない。また、歌舞伎は男性しか出ておらず、そこに声のトーンが違う女性の掛け声は舞台のバランスを崩すため、長く女性の掛け声は禁じられた経緯がある。

 最近は女性の掛け声も、1階席の掛け声もよく聞くようになったが、舞台上の俳優にはやりずらい面もあるようだ。その中で起こったハプニングにも、2度目の舞台となる勸玄くんは動じることなく、懸命にやり通した。初日から普段の歌舞伎座で聞く拍手とは違う、海老蔵親子を応援する思いがこもった、熱量の大きな拍手を浴びている。初日に拍手の音の大きさに驚く場面もあったというが、宙乗りでは客席に手を振るなど、サービス精神も発揮している。7歳となる20年には市川新之助を名乗って初舞台を踏む予定もある。10メートルの高さの宙乗りを怖がりもせずに飛び続ける姿に、天国の麻央さんも拍手を送っているのだろうか。【林尚之】