カンヌ映画祭のメーン会場パレ5階の劇場「ブニュエル」のスクリーンに、東映の映画で流れるオープニング映像「荒磯に波」が流れた。

 そして「チャララ~~チャララ~」という、おなじみのテーマソングとともに真っ赤な字で書かれた「仁義なき戦い」のタイトルが大きく映し出された。

 昨年11月に死去した菅原文太さんの代表作「仁義なき戦い」(深作欣二監督、73年)が、カンヌ映画祭「カンヌクラシック」部門で19日、上映された。同部門は2004年に、映画史に残る名作を復刻版で紹介することを目的に立ち上げられた。配給の東映は菅原さんの死去を受け、全世界での追悼上映を計画し、その第1歩として世界3大映画祭の1つカンヌ映画祭でのお披露目がベストだと判断し、映画祭側に働き掛けて上映が実現した。編集、デジタル化などを行うグループ会社の東映ラボ・テックが、35ミリのオリジナルネガから2Kにデジタル化して修復した。東映の作品が同部門で上映されるのは、史上初めてだという。

 上映された劇場「ブニュエル」は収容人数300人で、この日はその6割程度の入りだったが、年齢、国籍を問わず幅広い客層が集まった。若い層を中心に、劇場に駆け込んで入ってくる観客も多く、やくざの抗争を描いた日本の名作への興味、関心がうかがえた。

 隣に座った60代前後のフランス人のご婦人に話を聞くと「ごめんなさいね、実は私、あまりよくこの映画のこと分かってないのよ」と苦笑いした。世界の中で極東に位置する日本の映画を、一般の人が知らないのも無理はないと思い「この映画は日本屈指の名作で、主演の菅原文太さんは、日本映画界を代表する名優でしたが昨年、亡くなったのです」と説明すると、うなずいて聞いてくれた。

 そのご婦人の笑顔は、映画の上映開始直後から凍り付いた。冒頭で、伊吹吾郎演じるぐれん隊の上田が、梅宮辰夫演じる若杉寛に日本刀で腕を切り落とされ、血が飛び散るシーンが流れると、手で口を押さえた。その後も血で血を洗う抗争のシーンが続き、上田ともめた菅原さん演じる広能昌三が、責任をとって小指の指を詰めるシーンになると、ご婦人は、もうたまらん…とばかりに席の背もたれに顔をうずめてしまった。そのご婦人はじめ高齢の女性観客は、気分が悪くなったのか相次いで退席した。

 一方で、20代前後とみられる女性を中心とした若いファンは、時に爆笑するなど、やくざの血みどろの抗争劇を心から楽しんでいる様子だった。映画の終盤で、松方弘樹演じる坂井鉄也が、おもちゃ屋で子どもへの土産を買おうとしているところを襲撃され、射殺されたシーン、その坂井の葬式で、広能が遺影に向かって拳銃を乱射した後、「山守さん…弾は、まだ残っとるがよう」と、金子信雄さんが演じた元親分の山守にすごむ場面では、身ぶり手ぶりで菅原さんと松方のマネをする20代と見られる男性が2人いた。

 同じような反応は、今年の1月10日に東京・渋谷TOEIで開催された、シリーズ5作を連続で上映した追悼一気見上映会でも見られた。客席から身を乗り出して映画を見る、若い女性が幾人もいたのである。国籍と言葉を超えて、若い世代が同じような反応を示したのを見て、公開から40年を経た現代、「仁義なき戦い」を知らない世代に、あらためて作品を紹介する機会を作ってもいいのでは、と強く思った。

 上映後、観客の反応を聞くと、40代前後のフランス人の男性は、2Kにデジタル修復された映像に対し「DVDで見たのとは全然違う。非常に印象的な映像です」と感激していた。また30代とみられるフランス人の女性は「ファンタスティック」と声を大にした。亡くなってから半年…菅原文太さんはフランス・カンヌの地で“復活”した。(カンヌ=村上幸将)