北野武監督の91年「あの夏、いちばん静かな海。」93年「ソナチネ」など、話題作の助監督を長年務めてきた大崎章監督(53)10年ぶりの新作映画「お盆の弟」が25日公開される。05年「キャッチボール屋」以来2本目の映画は、昨年の日本映画界を席巻した「百円の恋」で知られる脚本家・足立紳氏が脚本を手掛けた。同氏が大崎監督の実話を元に、自らの実話をも盛り込んだ盟友2人にとって自伝的な映画となった。大崎監督が日刊スポーツの単独取材に応じ、作品への思いと製作の裏話を語った。インタビューを、今回から2回にわたりお届けする。

 「お盆の弟」は、売れない映画監督タカシ(渋川清彦)が、妻裕子(渡辺真起子)に別居を申し渡されて地元群馬に戻るところから物語が始まる。タカシは、がんの手術をして退院したばかりの兄マサル(光石研)の食事を作りつつ、親子3人での生活を取り戻すため、高校時代からの親友の売れない脚本家・藤村(岡田浩暉)と日々、2本目の映画の構想を練る。タカシと藤村の関係性は、大崎監督と足立氏に重なる。

 -企画はそもそも、どこから始まった?

 大崎 2007年(平19)に僕と足立が、ある会社から依頼されていた映画の企画をずっと進めていたんですが、頓挫しまして。その後、どうしようもないな、って感じになった時に、僕がお盆休みに兄と群馬に帰って、親戚の家を3軒回った珍道中の話をしたところ、足立が『なんか面白いからプロットみたいになりませんか?』と言ったのがスタートです。僕のプロットから足立が初稿を書き、翌08年に狩野善則プロデューサーに見せて、その後、09年に僕の故郷の群馬県玉村町にシナリオハンティングに行き、脚本ができました。

 -プロットと脚本とは物語が違う

 大崎 プロットはお盆休みに帰る2日間だけの話だったのが、足立が考えて、売れない映画監督の日常の話にしてくれたんです。足立との脚本作りは、いつも兄を看病していたことや元彼女との話など僕の日常の話を喫茶店などでしていると、それを足立が救い上げて脚本にしてくれるんです。

 -登場する男女はみんな、人生で何かを抱えておりリアリティーがあります

 大崎 主人公のタカシが、妻裕子に兄マサルの看病に行きなさい言われて別れるところは僕と元彼女、夫婦の間に子どもがいて、三くだり半を突きつけられるところは足立の本当の話です。足立はよく夫婦げんかしていると聞くし(苦笑)でも奥さんは、足立に映画を撮らせるために貯金していると聞きますし、実際は幸せにやっています。あとは足立の脚本のうまさ。セリフが長いんですけど、いちいちリアルで、長さが気にならない。役者もうまく、セリフを自分のものにして言ってくれるんです。

 -実話が多く入った、私小説的な映画になった

 大崎 足立は1シーン、1シーン、必ず何かを入れるんですね。タカシは毎日、神社で拝む習慣を持っていますが…それ、足立がやっているんです。売れなくて、家で子守などしていましたから、ずっと拝んでただけなんだと思います。奥さんの方が仕事していますからね。ただ、僕も足立と会うたびに『神社に行くか』という流れになって、拝んでいました。

 -足立さんは第1回松田優作賞脚本賞グランプリを獲得した「百円の恋」が、昨年度の日本映画賞で相次いで受賞を果たし、売れっ子脚本家の仲間入りを果たしました

 大崎 今や忙しくなっています。そうなってくれて、良かったです。『百円の恋』だって、いろいろなプロデューサーにダメと言われたのが、松田優作賞に出してグランプリを取ってから動きだしたわけで。主演に安藤サクラさんという宝石を手に入れた。でも、安藤さんの演技が高く評価されたのも、足立の脚本があったからだと思います。

 -監督の地元・群馬県玉村町を舞台に選んだ

 大崎 自分の話だから、地元で撮っちゃえ、という気持ちが起きたんですが、それが結果的にすごく映画に良かった。

 -演出で気を付けたところは

 大崎 自分のことが描かれているから、ちょっと恥ずかしいところ、嫌な部分もありました。でも恥ずかしさは途中で乗り越え、キャラを役者に正直に伝えましたね。誰かから『さらけ出したね』とは言われましたが、恥ずかしいとか言っている場合じゃないんで。キャラは足立と詰めました。今回は誰かしら、モデルが必ずいる。監督のタカシと脚本家の藤村のモデルは僕と足立です。撮影中は(役者に)『ちょっと弱く』程度しか言いませんでした。撮る現場で、いちいち『ここに入るんだ』みたいなことを役者に言う監督さんもいますが、僕は、そういうやり方があまり好きでなくて。ロケをした場所も、子どもの頃から知っているというのもあり、ロケハンの時に、僕がここで育ったとか、たくさん話しました。そちらの方が、広い意味での演出だと思いました。だから玉村町で撮ったのは、大きかったんです。

 -主人公タカシ役の渋川清彦さんは「大崎さんを知っているから、やりやすい」と語っています

 大崎 僕は渋川さんと仕事するのは、実は今回が初めてなんですよ。ある映画の試写会で会って、その後、朝まで飲んだんです。クランクイン前にぜひ会いたいと言うので会ったら、僕のことをいろいろ聞いて逆取材してくるので…すごくうれしかったですね。あの演技のうまさは、なんですかね。何とも言えないですね。

 -兄マサル役の光石研さんも日本でも有数の演技派で知られます。渋川さんとの掛け合いは実の兄弟のようです

 大崎 光石さんも、セリフをしゃべっている時に、僕の兄にゾッとするほど似ている瞬間がありました。寝っ転がってるしぐさが、そっくりです。

 -マサルが、タカシがせっかく作った食事をいらないと言う場面など、兄弟だからこその微妙な心の距離が生々しく感じられます

 大崎 うちの兄は、あそこまで嫌みなことは言わないんですけど、ちょっとダラしない感じ…酒飲んで寝ちゃっているところなどは、本当の話です。

 -岡田浩暉さん演じるタカシの親友・藤村は、ある意味、振り切ったキャラクターです

 大崎 藤村の突拍子のないキャラは、僕の中にある部分が入っています。ただ足立の大学時代の友人で、凸凹コンビのうちの1人が怒ると、ああいう感じなる、というのも入っていて…いろいろな性格の要素になるモデルが、何人かいるんです。岡田さんは(設定を踏まえた上で)役を作り込んで、ガンガン攻めの演技をしてきたんですが、渋川さんは表情1つ変えずに全部、受ける演技をした。そこも、うまさだと思います。

 次回は大崎監督が、今回の作品でこだわったポイント、05年「キャッチボール屋」以来2本目の映画を公開するまでの10年間の苦労を、日本映画界の現状を踏まえて語る。【村上幸将】