今月24日に胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)が、13年7月に病気が判明した時、余命1年と宣告されていたことが25日、分かった。都内の墓地を下見し、死後の準備をしていたことも分かった。夫でパティシエの鎧塚俊彦氏(49)も、川島さんが下見した墓地を購入する意向を示しているという。

 川島さんは手術を受ける前に「余命1年」の宣告を受けていた。同じ所属事務所のタレント山田邦子(55)がこの日、TBS系「白熱ライブ ビビット」(月~金曜午前8時)で明かした。川島さんとは家族ぐるみで親交があり、鎧塚氏から話を聞いたという。

 山田によると、川島さんは病気が判明した13年7月に余命宣告を受けていた。しかし同年11~12月に舞台出演の予定が入っていた。出演を終え、年が明けて14年1月に腹腔鏡手術を受けたが、宣告から手術まで半年の空白期間があったことについて、山田は「鎧塚さんが『悔やまれる。早く行けば良かった』と言っていた」と、沈痛な面持ちで語った。

 一方、川島さんは墓地を下見するなどしていた。各界著名人が「墓友」として共著した「私の死生観」でも記されている東京・麻布十番の寺を2度、訪れていた。最初は昨年4月で、1人で寺に現れた川島さんについて、寺の関係者は「特に体調が悪い様子でもなく、ごく普通に見えました。ただ、購入には至りませんでした」と話した。

 しかし、「-死生観」の共著者で、同寺で墓を購入している作曲家三枝成彰氏は「今日、鎧塚さんから電話で、『一緒の場所でという方向で考えています』と話がありました。(川島さんが)遺言を残していたのかな」と話した。川島さんとは7月下旬に食事をしたといい、「墓仲間たちと毎年4月に食事をする会に今年は彼女は来られなかった。来年は…と話していました。残念です」。

 「死」を覚悟しながら生きていた川島さんは、自宅で療養していたが、亡くなる前日23日に最後のブログ更新で舞台降板を謝罪。同日中に容体急変で都内の病院に入院した。25日未明、遺体となって帰宅。大好きなワインレッドのドレスを着てメークを施され、美しいままでいるという。