市村正親(67)が主演するミュージカル「ミス・サイゴン」が22日、愛知芸術文化センターで千秋楽を迎えた。昨年10月に東京・帝国劇場でスタートした今回の公演で、92年の日本初演以来演じたエンジニア役の卒業を明言していた。しかしこの日は「ファイナル公演を無事終わりました。次はリターン公演で会いましょう」と宣言。卒業を撤回する形で、再登板に意欲を示した。

 853回目となるエンジニア役を終えた市村がカーテンコールに登場すると、2500人で満員の客席から大きな拍手と「ブラボー」の声が飛んだ。今公演で卒業予定のレジェンドへのねぎらいだった。ところが市村は意外な言葉を口にした。「こん身のファイナル公演が無事終わりました。次はリターン公演でお会いしましょう」。再登板への意欲を示すと、今度は歓迎の拍手が起こった。

 「ファイナルと決めていた」という気持ちを変えたのは観客の声援だった。14年の公演スタート直後、胃がんが判明。わずか5回の出演で無念の降板となった。リベンジとなる今回の2年ぶりの公演スタート前、「後輩にアメリカンドリームをつかんでほしい」と卒業を明言した。

 しかし昨年10月に始まった公演のトリプルキャスト(駒田一、ダイアモンド☆ユカイ)の中で市村の出演した44回だけが完売。合計8万人を動員したが、最後の雄姿を見ることができなかった観客も多かった。「市村を見たいという熱い思いが分かった。そのためにもやらなくちゃいけない。まだできる」。

 現在「ミス・サイゴン」再演予定はないが、最近は2、3年おきに再演している。「いつやるか分からないけれど、もしその時、僕がまだやれそうだったらリターンしようと思うようになった」。昨年11月、尊敬する森光子さんの「奨励賞」を受賞したことも気持ちを後押しした。「森さんは90歳まで『放浪記』をやった。僕も90歳、1000回まで頑張ろうと思った」。

 今月28日に68歳となる。「初演は1週間で10回公演もやったけど、今回は1日1回で楽だった」。エンジニアは劇団四季退団後につかんだ大役で、その後の活躍の原点で「僕とは切り離せない役」と思い入れも強い。今年は4月「紳士のための愛と殺人の手引き」、9月「NINAGAWAマクベス」、12月「屋根の上のヴァイオリン弾き」と舞台が続く。「年齢に応じた演じ方がある。他の作品でしっかりトレーニングしてリターンに備えたい」。70歳での再登板を視野に入れている。【林尚之】

 ◆「ミス・サイゴン」 ベトナム戦争を背景にベトナム少女キムと米軍兵士クリスの悲恋を描き、1989年にロンドンで初演。日本には92年に上陸。実物大のヘリコプターも登場するため数億円かけて帝劇を大改装、1年半のロングランとなった。市村演じるエンジニアは狂言回し的な役で、劇中で歌い踊る「アメリカン・ドリーム」が最大の見せ場。これまでの上演回数は1463回。