声優、俳優、DJ、演出家など多彩に活躍した野沢那智(のざわ・なち)さん(本名・野沢那智=やすとも)が30日午後3時36分、肺がんのため、都内の病院で死去した。72歳だった。アラン・ドロン、アル・パチーノ、ブルース・ウィリスなど世界の名優の吹き替えを担当。洋画、アニメなど計4000本以上の作品を声で際立たせた。TBSラジオの深夜番組「パック・イン・ミュージック」のDJとしても人気だった。葬儀・告別式は密葬で営まれ、後日、お別れ会が開かれる。喪主は長男で俳優の野沢聡(そう)さん(37)。

 野沢さんは今年8月、病院で検査を受け、肺がんが見つかった。すでに体中に転移しており、抗がん剤治療を受けるも、この日、息を引き取った。病院には聡さんら親族、野沢さんが代表の俳優養成学校「パフォーミング・アート・センター」(PAC)の生徒約50人、めいでタレント野沢直子の兄も駆けつけた。関係者は「穏やかな眠るような最期だった」と話した。

 父は大衆作家の故陸直次郎氏で、夢は劇団演出家だった。大学中退後、俳優修業をしながら、劇団「薔薇座」を結成。苦労続きだったが、アルバイトで始めた「アテレコ(吹き替え)」で人生が変わった。

 最大の転機は64年の米スパイドラマ「0011

 ナポレオン・ソロ」のイリヤ・クリヤキン(デビッド・マッカラム)。「アテレコの声をいかにつくるか。見合いをするようなもので、僕は直感に頼ります」と、当時アテレコで主流だった低音ではなく、高く、はずむようなテンポの声を選択。一躍、人気役となった。素顔は低音でかみしめるような話し方だったが、「自分なりに新しいタイプをつくろうと思って、発声を変えてみた」と話した。その後、洋画、アニメの仕事が次々舞い込んだ。

 中でも「太陽がいっぱい」などアラン・ドロンの吹き替えは絶妙と評価された。当時、野沢さんは「アラン・ドロンを演じているわけじゃない。彼が映画の中で表現したかったことを、日本語で表現している」と説明。ドロンは今年生誕75周年で、野沢さんは治療の合間に、記念本に寄稿していたという。

 また、アル・パチーノら名優のアテレコは「その人の演技との真剣勝負」と話した。「スター・ウォーズ」のC-3POの吹き替えは、米の製作スタッフも絶賛。「俳優は無理だけど、声優なら」と応募してくる生徒を「声優として成功するには、まず優れた俳優であれ」と諭した。後進の指導に熱心で、病と闘いながらも1カ月前まで学校を訪れていた。

 白石冬美とコンビを組んだTBSラジオ「パック・イン・ミュージック」は、67年から15年続き、番組名を変えて文化放送に移行した後も加えて計25年も愛された。「人生案内的なものは避け、聴取者の投稿を、僕がその人の気持ちになって読み、語る。聞き手と送り手の媒体に徹する」と臨んだ。最後の仕事は昨年の「16ブロック」のブルース・ウィリスの声だった。

 [2010年10月31日8時12分

 紙面から]ソーシャルブックマーク