宮沢りえ(40)が奇跡の舞台をみせた。10日夜、心筋梗塞で降板した天海祐希(45)の代役を務める舞台「おのれナポレオン」が上演された東京・池袋の東京芸術劇場のステージに立った。わずか2日半の稽古で本番に臨んだが、130のせりふもよどみなく、完璧に演じきった。カーテンコールでは、満員の観客から総立ちの拍手を浴びた。5月10日は伝説の一夜になった。

 舞台の神様が、りえに舞い降りたとしか思えない舞台だった。8日の代役決定からわずか2日半。25時間の稽古時間しかなかった。誰もが不安視する中、幕が開いた。

 開演から8分。ナポレオンの愛人アルヴィーヌ役のりえが「ようこそ、おいでくださいました」と最初のせりふで登場した。言葉は自然に響いて聞こえた。心配は吹き飛んだ。

 野田秀樹が演じるナポレオンの前で、夫(山本耕史)とともにモリエールの芝居を見せる劇中劇の場面。りえが「せりふは入っているわね」と聞き、山本から「お前に言われたくないよ」と切り返された。りえの置かれた状況を逆手に取ったやりとりに笑いが起こった。さらに2人が稽古をしていたことについて、野田が「1日か2日、稽古をすればうまくなるのか」と尋ねたり、「見ている人を緊張させてはいけないな」と言うなど、作・演出の三谷幸喜氏が今回の代役劇を笑いに転換する仕掛けもはまっていた。天海を想定して書いた細かい部分はカットしていた。

 りえは、生き生きと演じた。時にはかわいく、時にはなまめかしく、違和感なく表現した。初日から1カ月経過した舞台にとけ込んでいた。三谷作品らしい笑いの場面では、普段の舞台で見せないコメディエンヌの一面も発揮して新鮮な印象さえ与えた。制作側は、せりふや立ち位置、所作などを忘れた場合に備えてプロンプターと呼ばれるスタッフを配置したが、無用だった。130を超えるせりふもよどみなく、ノーミスで演じきった。

 そしてカーテンコール。休憩なしの2時間20分の舞台をやり遂げたりえを、立ち見も出た満員の観客は総立ちの拍手でねぎらった。三谷氏は舞台そでから、野田、内野聖陽、山本ら共演者も舞台上で拍手を送った。硬い表情だったりえも、野田の腕をつかみ、「やめてくださいよ」というしぐさをみせ、しきりに照れていた。女優として評価を上げ続けるりえにとって、今回の代役はリスクの高い賭けだった。好奇の視線も浴びたこの日の舞台は、確かに伝説の一夜となった。まずは初日を乗り切った。12日の千秋楽まで公演はあと3回ある。【林尚之】