ここで逃げたら、永遠に逃げることになる。中井貴一(53)。公開中の映画「柘榴坂(ざくろざか)の仇討(あだうち)」(若松節朗監督)に覚悟を持って主演した。衰退の危機にある「時代劇」に、今こそ向き合うべきだと思った。俳優としての使命感と責任を語った。

 あえて言う。「地味な話で派手なアクションも笑いもない。この作品はそういう時代劇。簡単にヒットが見込める映画ではありません」。しかし出演を決めた理由は、その「逆境」だった。「今だから、やらないといけないと思った」。

 トラウマがある。39歳の時、松竹大船撮影所が閉鎖された。父佐田啓二さん(享年37)は松竹の大スター。自分も多くの松竹映画に出演してきた。「父を含む先輩たちから託されたものを切り売りしなければならない現実と自分の情けなさを、本当に強く感じた」。

 時代劇は今、民放地上波で年間を通じた放送枠はなく、映画もヒットしにくい、予算がかかるなどの理由で敬遠されがちだ。現代的アクションやタイムスリップなどの奇抜な設定、コメディー要素などを強調して、ようやく観客に受け入れられる現実がある。「柘榴坂の仇討」のようないわゆる正統派時代劇は衰退の危機にある。「(時代劇撮影の中心地)京都・太秦の撮影所の友人も仕事がなく、アルバイトをしている。閉鎖の危機にある。撮影所をなくすのだけはもう、うんざりなんです」。

 26歳で主演したNHK大河ドラマ「武田信玄」は最高視聴率49・2%を記録。「梟の城」「壬生義士伝」などヒット時代劇映画に主演した。撮影現場では常に先輩に厳しく指導された。所作や立ち居振る舞い、殺陣にせりふ回し。「よく怒鳴られ、怒られました」。「壬生義士伝」撮影前、共演の佐藤浩市(53)と話をした。中井は当時40歳、佐藤は41歳。「よく先輩に怒られたけど今思うと感謝でいっぱい。今、俺たちは先輩と後輩の真ん中ぐらいにいる。受け継いでいるものを伝えなければいけないのでは」。2人はそう決めて撮影現場で実行した。その延長に「柘榴坂の仇討」もある。

 「歌舞伎は別ですが、俳優は基本的に伝承芸能ではない。ただ時代劇だけは別。受け継いだバトンをきちんと渡したかった」。スタッフワークも同様だ。「職人技を途絶えさせてはいけない。失ってからでは遅い。自分がこの作品をやれば、その思いを伝える機会をもらえると思った」。

 今後は、もちろん現代劇もやっていくが「時代劇をやる時は、メッセージを必ず込めて提供したい」という。「(興行的に)コケるかも知れないと臆したくない。ここで逃げたら、永遠に逃げることになるかも知れませんから」。【松田秀彦】

 ◆中井貴一(なかい・きいち)1961年(昭36)9月18日、東京都生まれ。81年映画「連合艦隊」で俳優デビュー。時代劇映画は「四十七人の刺客」「梟の城」「竜馬の妻とその夫と愛人」「壬生義士伝」「次郎長三国志」「天地明察」など。「四十七人の刺客」で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、「壬生義士伝」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、日刊スポーツ映画大賞主演男優賞。時代劇ドラマは「武田信玄」「八代将軍吉宗」「武蔵MUSASHI」「義経」「平清盛」などNHK大河ドラマに出演。

 ◆時代劇の現状

 民放ではかつて「暴れん坊将軍」「大岡越前」「鬼平犯科帳」など長寿番組があったが、TBSが11年に「水戸黄門」を終了し、年間を通じた地上波レギュラー放送の時代劇は消滅。多くが京都の撮影所で収録していた。最近は「JIN」「信長のシェフ」などが支持されたが、シニア向け作品は制作されていない。NHKは大河ドラマと木曜時代劇のほか、BSで時代劇を放送。映画は11~13年で興収10億円以上を記録したのは5本だけ。今年は「るろうに剣心」「超高速!参勤交代」がヒットした。