名作と言われる映画には、心に残るセリフがあるものだ。
トイレで出くわした2人の女性。白人上司が言う。
「あなたはどう思ってきたかしれないけれど、私は偏見無くやってきたつもりよ」
鏡越しに彼女の目を見ながら、黒人の部下が言う。
「知っていましたよ」
一瞬上司の顔が和む。が、1拍おいて部下は続ける。
「あなたがそう思いこんでいたことを」。
絶句する上司を置いて、部下はつかつかとトイレを出て行く。
29日公開の米映画「ドリーム」(セオドア・メルフィ監督)の一場面である。シンプルなやりとりだけで、差別する側とされる側の意識の違いを浮き彫りにする。これだけで説得力のあるシーンだと思ったが、ここに至るまでに多くの伏線が敷かれている。
時代は米ソが有人宇宙飛行を競り合っていた60年代初頭。職場も通勤バスも、そしてトイレも白人用と有色人種用に分けられており、科学の先端を行くNASAでも、それは例外ではなかった。冒頭のシーンも曲折の末に従来の白人専用トイレにようやく黒人が入室を許された直後のやりとりである。
3人の黒人女性が主人公。飛び抜けた能力と忍耐力でその高い壁に挑んでいく物語だ。先行するソ連にマーキュリー計画で追いつき、やがてはアポロ計画に至る過程で、映像からは3人の女性科学者が果たした役割の大きさが伝わってくる。知られざる実話。彼女たちの存在無くして「月面着陸」は無かったのだ、と実感させる。
理不尽な「壁」に穴をこじ開ける3人のタフな活躍に胸のすく思いがし、差別することの罪の重さを改めて突きつけられる。
「ベンジャミン・バトン」(08年)のタラジ・P・ヘンソン、「ヘルプ~心がつなぐストーリー~」(11年)のオクタヴィア・スペンサー、「ムーンライト」のジャネール・モネイと、メーンの3人にはどこか反骨の匂いが漂い、それが作品の勢いのようなものになっている。
宇宙開発にしか興味のなかった総責任者、NASAの本部長は、いったん「くだらない差別」に気付くと、ハンマーを持ってトイレの「人種特定看板」をたたき壊す。個性的なこの役をケビン・コスナーが好演していて、留飲が下がるとともに、無関心への警鐘も聞こえてくる。
11月の公開だから、先の話になるが、「永遠のジャンゴ」(エチエンヌ・コマール監督)にも名セリフがあった。
ジャンゴ・ラインハルト(1910~53年)は、ベルギー生まれの伝説のジャズ・ギター奏者だ。ジャズ愛好者のウディ・アレン監督は「ギター弾きの恋」(99年)の中で、ショーン・ペン演じるギター奏者に「おれは世界でもジャンゴ・ラインハルトに次ぐギタリストだ」と言わせている。
「ギター弾き-」のセリフが気になって、当時「ジャンゴロジー」というCDを聞いた。音源はいかにも古いが、速弾きに驚き、ソロ演奏はスウィングしながら妙に切なかった。
そのときは深く考えなかったのだが、この映画で知った背景にようやく得心した。ジャンゴはロマの旅芸人の家に生まれ、幼少の頃から音楽になじんだが、楽譜は読めない。ナチス支配下の戦時中は徹底的な迫害も受けた。が、ナチス将校も彼の音楽の魅力には抗えず、逆にプロパガンダに利用しようとする。そんな複雑な状況がこの作品の厚みになっている。
前置きが長くなったが、心に残るセリフが出るのはこんなシーンだ。
ナチスの幹部や取り巻きが集う夕食会での演奏を前に、仕切り役の将校がジャンゴたちに演奏の制限を言い渡す。
「ソロ演奏は5秒以内」「ブルースは禁止」…。文化担当の将校らしく、音楽用語も連発する。上の空で聞き流すジャンゴ。そんな態度にカチンと来て、彼が楽譜を読めないことを知る将校は皮肉まじりに言う。
「お前、音楽を知っているのか?」
音楽学校には行っていなくても、ヨーロッパの名だたるミュージシャンとコラボしてきたジャンゴが、頭でっかちの将校が口にするレベルの音楽用語を知らないわけがない。だが、彼は口元に皮肉な笑いを浮かべて言う。
「知らないよ」
そして続ける。
「音楽がおれを知っている」
胸のすくセリフではないか。音楽の神様はおれを知っている。差別に負けない才能への自信とプライドをここまで端的に表した言葉はないだろう。
紹介した2作にはどうしようもない理不尽が描かれる。だからこそ、そこに痛烈な一撃をかますひと言のキレ味がいい。【相原斎】
- 「永遠のジャンゴ」の1場面 (C)2017 ARCHES FILMS – CURIOSA FILMS – MOANA FILMS – PATHE PRODUCTION - FRANCE 2 CINEMA - AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA