1月のサッカー担当復帰から、浦和担当を務めている。ウオームアップから槙野、森脇らが盛り上げ、練習場はいつも明るい雰囲気に包まれている。見ていても楽しいのだが、ピッチ外周のランニングの際、1人の選手の動きが気になった。主将を務めるMF阿部勇樹(33)だ。

 選手の最後方を走っているのだが、集団から少し離れたり、追いついたりを繰り返していた。ペースが乱れているわけではない。やがて気づいた。他の選手は、ピッチ四隅のコーナーフラッグ周辺を走ってはいるが、だいぶ内側を通過していく。阿部はきっちりと、コーナーフラッグの外側を回るから、わずかだが走る距離が長いのだ。

 なるほどと思うと同時に、岡田武史さんの顔が思い浮かんだ。06年に横浜の担当だった時、監督としてチームを率いていた。取材の中で、確か「練習のランニングの時、コースを示すコーンの内側を走るような選手は、残念ながら信頼できない」というようなことをおっしゃっていた。

 記者になって数年で、まだ岡田さんのおっしゃる意味がきちんと理解できなかった。むしろ「クルマが来てないのに、赤信号を渡れない」と言われる日本人ならではの考え方で、だから日本サッカーは世界に後れを取るのだとさえ思った。

 今はそんな自分の浅はかな考えを、とても恥ずかしく思う。大リーグのイチローを現地で取材した時のことをちゃんと振り返れば、ベンチを出る時からバッターボックスまで、毎打席完全に同じルーティンを踏んでいたことに思いが至る。

 昨年の秋ごろ、ゴルフの石川遼が「北島さんはすごい」とも教えてくれた。水泳の北島康介とロサンゼルスの韓国料理店で久々に食事をし、大いに盛り上がったが、北島は「申し訳ないけど、昨日から自分の中でモードを切り替えたから」と一滴もアルコールを飲まなかったそうだ。

 以前、食事をした時には、それなりに酒も飲んだという。それがいったん練習で自分を追い込む時期と決めたら、たとえ石川との会食であっても「今日くらいはいいか」とはしない。石川は「そういう人だけが、世界のてっぺんを取れるということですね」と重く受け取っていた。

 個性が世界で認められるアスリートほど、普段から細部にこだわり、妥協しない。逆に普段のいいかげんさは、勝負を分ける場面でこそ露呈しがちだ。複数の選手による連係が大事なサッカーの世界では、なおさらだと思う。1人が大事な場面でいいかげんさを露呈しただけで、チームの戦術は瓦解(がかい)する。

 岡田さんは指導者として成功してきた一方で、きっと大事な場面で「いいかげんさ」に泣かされたことが、何度もあるのだと思う。だからこそ「勝負は細部に宿る」と言うのだろう。

 細部が大事。次々と記憶がよみがえる。オシム監督のもと、千葉の強化部長として選手スカウトに奔走していた昼田宗昭さんは、04年にDF水本裕貴の獲得を決めた理由を「食事の仕方と歩き方」と言っていた。

 水本は食事をする際に、必ずみそ汁から手をつけていた。正しい作法でもあるし、胃腸をあたため、消化吸収を良くするという意味もある。これが幼少時からの習慣なら、ケガなどに強い身体ができている可能性が高いと、昼田さんは説明していた。その通り水本は30歳を迎える今年も、身体能力をキープし、日本代表に名を連ねている。

 そして歩き方。有力校が集まる練習試合の会場で、だらだらと不規則に歩く周囲の選手を横目に、胸を張って真っすぐ歩く姿が目を引いたのだという。生来のきまじめさは、相手をとらえて離さないすっぽんマークとして、プレースタイルにも表れた。オシム監督も当初から「世界に通用するマンマーカーになる」と断言していた。

 歩き方を重視すると言えば、日本代表のハリルホジッチ監督も同様だ。98年に当時フランス2部だったリールの監督に就任した際に、フラフラと歩く選手たちを「真っすぐ歩け!」と怒鳴りつけるところから、仕事を始めた。規律性を高めたことで、やがて組織的なプレスをベースにしたスタイルが完成。わずか3年で欧州チャンピオンズリーグに出場するところまで、チームを立て直した。

 日本代表監督への就任決定直前、フランスの自宅にハリルホジッチさんを訪ねた。玄関先で取材対応いただいたが、丁寧な話し方と同様に印象に残るのは、庭のきれいさだった。ごみや枯れ葉はひとつも落ちておらず、芝はオーガスタナショナルGCのフェアウエーのように、きれいに刈りそろえられていた。

 欧州でも「魔術師」と呼ばれる手腕は、そんな繊細さによるところが大きい。先月、日本代表で初めての合宿では、センチ単位で守備ラインの高さや選手間の距離を調整。31日のウズベキスタン戦では、試合中に守備ブロックの高さを微調整したことで、相手陣内にスペースを生んで後半の4得点を演出した。

 勝負は細部に宿る。コーナーフラッグの内側を決して走らない阿部もまた、細部の大事さを感じているのだと思う。そして最後方から、若い選手たちの動き、顔色をうかがう。元気がないと思えば話しかけ、相談にも乗る。気配りはどこまでもきめ細かい。

 浦和は毎年のようにリーグで優勝争いを続けながら、終盤に失速し、苦杯をなめてきた。ペトロビッチ監督の戦術は浸透し、戦力もそろった。後は勝負どころで、取りこぼしをしないことだけだ。細部にこだわり抜く阿部の背中にならう選手が、これから何人出てくるか。悲願のリーグ優勝への道は、ピッチ外周をきっちりとなぞる、阿部の足跡そのもののようにも思う。【塩畑大輔】

 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代、ドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。趣味はゴルフだが、石川遼にも「素振り時のヘッドスピードが、ショット時には半分になる」と指摘される思い切りの悪さが課題。血液型AB。