今季限りで現役を退くINAC神戸のMF澤穂希(37)が、有終の美を飾った。新潟との決勝は後半33分に澤が決勝ゴールを奪い、2大会ぶり5度目の優勝を飾った。澤は現役最後の試合を、決勝ゴールでチームを優勝に導く大活躍で終えた。試合後は「私は引退しますが、女子サッカーが輝かしい場所であるように、引き続きよろしくお願いします」と大観衆にあいさつして、現役生活にピリオドを打った。

 束ねた黒髪を寒風になびかせて、混戦の中を走りだす。後半33分、川澄の蹴る右CKに、無類の勝負強さを発揮してきた澤の得点本能がうずいた。マークの新潟DF中村は、人混みを擦り抜けていく澤に慌てた。追おうとした直後、人混みにぶつかりマークは大きくずれた。申し分のない高さとタイミングのヘッドがボールをとらえた。ゴール右隅へ優勝を決める軌跡が伸びていった。

 千両役者、女王・澤の美しいゴールに、2万379人のスタンドは、寒空をものともせずに大歓声を響かせた。「川澄選手のボールが良かった。当てるだけでした。今日はラスト、ゴールを決めてやる、という気持ちが強かった。この日のために、とっといたゴールです」と、胸を張った。涙はない、澤らしい、チームの苦境をワンプレーで変える、絶対的なパンチ力を秘めた一撃だった。

 コーナーを蹴る間際、川澄は念じながら丁寧にコーナーにボールを置いた。「苦しい時を乗り越えて女子サッカーを引っ張った澤さんに、最後にゴールをプレゼントしたい」。澤も試合後の川澄に伝えていた。「私も神様に、ヘディングする前にお願いしていたんだ」。

 14歳から澤を見てきた松田監督は、具体的にその勝負強さを解説した。「ボールがどこに来るか予測する力が人一倍優れている。その場所へ、無意識に体が動く。そして、最終的に相手DFの体の前に入る。そこにはずばぬけた能力があると感じます」。集団の中をスルリと抜けた澤。その背中を見送るしかなかったDF中村は「スキを見せたらやられる」と、あらためてそのすごみを肌で感じた。

 日本の女子サッカーの歴史そのものと言える。現役選手にして、世界から尊敬を集めるレジェンドだ。11年にはバルセロナのメッシと並びバロンドールを受賞している。アジア人初の快挙を成し遂げた。

 試合後、チームメートが澤の元に駆け寄り、誰ともなく彼女を輪の中に押し込み、胴上げが始まった。澤は笑顔のまま宙に舞った。「なんか、浮いてるなって感じました」。どこまでも、明るくさわやかに。

 なでしこジャパンの佐々木監督は「勝つ背中を見せてもらった」と、感慨深そうに言葉を発した。澤の背中をみんなが追い掛け、そして気が付けば女子W杯で勝ち、ロンドン五輪で銀メダル。その偉大な選手の背中をもう見ることはない。

 苦しい時は私の背中を見て-。その背中はこの試合でも頼もしかった。そして、チームメートはその戦い抜いた背中に触れて4度、胴上げで澤に感謝の気持ちを伝えた。【井上真】

 ◆澤穂希(さわ・ほまれ)1978年(昭53)9月6日、東京都府中市生まれ。91年読売ベレーザ(現日テレ)入団、93年に15歳で代表デビュー。11年からINAC神戸。同年W杯ドイツ大会で優勝しMVP、得点王獲得。同年FIFA女子年間最優秀選手賞受賞。12年ロンドン五輪銀メダル。国際Aマッチ205試合83得点。165センチ、54キロ。血液型AB。