プロ野球選手の野茂英雄さんが1995年にメジャーリーグに挑戦した。それまでは日本人がメジャーで活躍するのは難しいだろうという意見があったが、実際に活躍すると同時に、日本人メジャーリーガーが少しずつ増え、今ではもうたくさんの選手がメジャーリーガーとなっている。

 野茂さん以前と以後では一体何が変わったのだろうか? おそらくは技術的に変化があったわけでも、システムが変わったわけでもない。一番大きく変わったのは、野茂さんの事例を見て「それは可能なことなのだ」という「マインドセット」が変わったのだと思う。常に全力を出しているスポーツの世界ですら、マインドセットが変わると前提が変わり、行動が変わり、結果に差が出ることの一例ではないかと考えている。

 マインドセットを日本語で訳しているものを見ると、「思い込み」「先入観」「刷り込み」などとある。要は自分が判断をしたり行動をすることの前提になっている(おそらくは無意識の領域で)考え方や見方の癖と言えるのではないだろうか。

 例えていうならば、テレビでニュースを見ている時に、現場で起きているそのものを写していても、どの画角を切り取るか、またカメラのレンズや色の違い、などを介して私たちはそれを見ている。この編集の仕方の癖や、カメラのレンズそのものの偏りで、いくらでも現実は変わって見える。このカメラや編集の癖にあたるものがマインドセットになろうかと思う。

 実際に人間は見ているものすべてが意識に上っているわけではなく、無意識に編集し選択されたものを見ているというのを示した実験もある。私たちは編集済みの世界を既に生きているわけだ。

 じゃあ、そのマインドセットを変えればいいじゃないかと思うところだが、マインドセットが変わるということはまさに自分にとっては世界が変わるということだから、なかなか簡単ではない。難しいのは承知の上で、マインドセットはどんなプロセスを経て変わっていくのか、自分の現役時代の経験から、どういうプロセスだったかをまとめてみた。


1、マインドセットが存在することに気づく

-世の中がそうなのではなく私がそう見ているという発見。


2、どんなマインドセットを持っているかを把握する

-課題が難しいかどうかではなく、課題を難しいと感じる傾向にあるマインドセットを持っているなど。


3、マインドセットは選べることを認識し、選ぶ

-見方を変えることはできる。ただし、マインドセットはそう簡単には切り替わらない。


4、兆しを見て、マインドセットが変わり始める

-人は兆しがなければそれを信じることはできない。いきなり変えるのではなくまず現実は変えることができるという証拠を見せる。


5、現実が変わる

-マインドセットが変わるとほぼ必ず現実も変わる。信じようとしている状態と、信じるという意識もなく身についた状態では、相当差がある。


6、マインドセットが変わっていたことに気がつく

-マインドセットが変わったことに気づくのはいつも振り返った時。最中は夢中で目の前に取り組む。


 特に重要な点は、マインドセットに気づき、選べると分かること。兆しを作ることではないかと思う。人はいきなり勝てると言われても信じないが、今までとは違う何か兆しを見た時に勝てると信じ始める。チームが強くなる時に、だいたいまずは何らかの結果で兆しを見ることで、チーム内の空気が変わり、大きな変化が起きていくように思う。

 ドミノの1つ目を倒すように、ある一点に集中して兆しを作るというのが有効なのかもしれません。

 マインドセットが変わったことがある人間は、それを変えられると信じるが、変わった経験がないとそもそもマインドセットというものが存在するとすら考えないのではないかと思う。心理学の認知療法でも、それがそうなのではなく、あなたがそう見ているという風に認識を持ってもらうのに時間がかかるようだ。(為末大)