阪神に登場した「村神様」は2人目だ。村上頌樹投手(24)が、4月12日巨人戦で7回完全という好投を見せ、同22日中日戦ではプロ初勝利を完封で飾ってみせた。
阪神でこの名字の投手が白星を挙げたのは48年ぶり。先輩は1975年(昭50)のみ在籍した、村上雅則投手である。日本人メジャーリーガー第1号として、日米の野球史に大きな足跡を刻んでいる。意外と知られていないが、れっきとした阪神OBである。
法政二から62年に南海(現ソフトバンク)へ入団した。プロ入りに際しては、鶴岡一人監督から「野球留学させてやる」との口説き文句があったという。
64年に渡米し、ジャイアンツでプレーした。同年9月29日アストロズ戦で挙げた白星は、南海時代に果たせなかったプロ初勝利だ。そして、現在に連なる日本人メジャー投手1勝目となった。
渡米2年目の65年には、急成長を遂げる。45試合に登板し4勝1敗8セーブ、防御率3・75の好成績を残した。
気さくな人柄から「マッシー」の愛称で親しまれた。「史上最高の中堅手」と称されたウィリー・メイズとは、長らくクリスマスカードのやりとりがあったという。ハンク・アーロンやピート・ローズといった大選手とも対戦し、米国の日系人を大いに喜ばせた。日本人メジャー選手の先駆けで、まさに「元祖・村神様」である。
66年には南海に復帰し、75年に交換トレードで阪神に移籍。同年6月15日大洋(現DeNA)戦で阪神初勝利をマークした。7月15日ヤクルト戦での2勝目が、虎での最後の白星となった。阪神の「村上投手」による勝利は、このとき以来である。
76年には日本ハムに再びトレードされ、77年には12球団最多の61試合に登板した。81年には自身最後のリーグ優勝を経験。82年限りで引退し、主に野球評論家として活動。メジャーリーグ中継の解説者として、欠かせない存在となった。
ところで今季の支配下登録選手で、この名字はあと1人しかいない。ご存じヤクルト村上宗隆内野手(23)だ。阪神の村上はこれまでヤクルト戦の登板がなく、当然ながらこの強打者との対戦もない。敵はあまりにも強大だが、ひるんでいては村上家の名折れだ。
4月28日からの3連戦(神宮)では先発登板も予想される。全力で挑んで村上対決を制し、ぜひ「村神様 本家争い」へ名乗りを上げてほしい。【記録室 高野勲】(22年3月テレビ東京系「なんでもクイズスタジアム プロ野球王決定戦」準優勝)




