森、川、工場の煙突、夕焼け。彼らはそれぞれの景色に育てられ、甲子園球児として等しく、青空と入道雲を見上げる。

 ◇  ◇  ◇

エメラルドの海へ飛び込んだ日々が懐かしい。熊本工・江川輝琉亜(2年)は「海、行きたいな」とつぶやいた。熊本・天草のほぼ最南端、牛深育ち。大きくない港町。8つの少年ソフトボールチームがあり「気付いたらソフトでした。夏は、とにかく海!」。橋を何本も渡った熊本市で腕を磨き、背番号も手にした。「いま、地元ではちょっとしたヒーローみたいです」と白い歯を見せた。

 ◇  ◇  ◇

直島少年野球団。高松商(香川)の花岡海音(3年)は、小説のようなチームで野球を始めた。島にチームは1つ。練習試合には船で向かった。今は姉の琴音さん(21)と高松で2人暮らし。「知ってる人ばかり。みんな優しい」故郷から、卒業後は正式に巣立つつもりだ。「でも、甲子園が終わったら、島から通学しようかなと」。フェリーで片道50分。潮風を浴びながら未来の航路を思い描く。

花咲徳栄・川内輝
花咲徳栄・川内輝

人生初ヒットの日に、母はがんで亡くなった。花咲徳栄(埼玉)の川内輝(3年)は、9歳の日の悲しみを忘れない。だからこそ「地元を離れ、好きな野球に集中する」と決断できたと今は思う。北海道西岸の故郷・寿都(すっつ)から、関東の強豪へ仲間とともに進んだ。人柄を認められ、記録員でベンチに入った。ふとした時、気にかかる。「寿都町の人口は、今は2800人。自分がいない3年間で400人も減ったんです」。いつか地元に戻り、自営業の父を継ごうか…脳裏をよぎる。でももう少し、野球に関わっていたい…そう思っている。

前橋育英・市川貴大
前橋育英・市川貴大

空気、汚いな。前橋育英(群馬)の市川貴大(3年)は甲子園の、都会の空気に慣れない。群馬県西部の山あい、南牧村で育った。高齢化率全国1位の村。野球の楽しさを知った「南牧ラッキーズ」は今、選手不足で活動していない。それでも「消防士になりたい。地元に戻ります。好きだから」と決めている。

山を駆け、川ではしゃいで育った少年時代。この夏は、新しい友達も一緒だ。エースの梶塚彪雅(3年)らが「引退したら、南牧村に1週間くらい遊びに行きたい」と計画している。バーベキューに川遊び、花火と星空。甲子園は初戦敗退。ちょっと早くなってしまったけれど、一生忘れられない夏休みが始まる。

 ◇  ◇  ◇

彼らは各都道府県の代表であり、生まれ育った町のヒーローでもある。これまでも、これからも。(敬称略)【金子真仁】