プロ野球界には、若い選手の行く手に立ちはだかる幾多の難関がある。大きな夢を抱いての入団も、右も左もわからない世界。戸惑うのは当然だが、各チームの若手ほとんどが一度や二度は必ず立ち往生するのが“1軍の壁”だ。簡単に崩れる代物ではない。現在でもこの壁に何度もはね返されて苦しんでいる若手が数多くいる。その中で、あと一歩のところまで成長しながら殻を破れず足踏みしているピッチャーがいる。中日阿知羅拓馬投手(24)右投げ、右打ち、JR東日本からドラフト4位で入団して今季4年目。

 3年目の昨季から頭角を現した。ウエスタンで26試合に登板。7勝3敗、防御率が1・51と安定した内容。その結果を認められ1軍でも13試合に登板した。勝ち星、負け星はつかなかったが、14回1/3を投げて14三振を奪っている。防御率は2・51の成績を残した。190センチ、95キロの恵まれた体。今シーズン大いに期待されたが、現在は壁に阻まれファーム暮らし。かといってウエスタンで埋もれているわけではない。9月15日現在、22試合9勝2敗。防御率の1・79はリーグのトップ。タイトルに一番近いところで頑張っている。

 先日、鳴尾浜球場での阪神戦を見た。速球、変化球ともに突出した球はない。150キロの速球はないが、球は重い。そのお陰だろうか昨年のウエスタンでの被ホームランは1本のみ。今季も100イニング強で2本と少ない。同球場での投球内容は7回108球、被安打5、奪三振3、与四球4。失点、自責点は1。阿知羅は「前半は全くダメでした。ちょっと腕が上から出過ぎていました。ストレートも変化球も全然でしたが、少し腕を下げてみたら修正できました。今日納得できたのは、きっちり調子の修正ができたことですかね」と言う。なるほど、打たれたヒット5本と2四球は3回までの内容。1失点で切り抜けたのが不思議なぐらい。そして、修正できた4回からはノーヒットピッチングの好投だ。

 次回の登板は由宇で行われた広島戦(13日)だった。7回2/3、被安打7、奪三振6、与四球1、失点、自責点は2。9勝目をマークした。マウンドさばき、落ち着きがあった。やはりファームでの安定感は抜群だ。果たして今シーズン中に壁を破ることはできるだろうか。高山ピッチングコーチに聞いてみた。「彼の場合、あとは経験ですね。ピッチングの中身はまあまあでしたが、阿知羅のフォームはワンポイントずれるんですよね。おもしろいというか、その点が彼の特徴ですね。もっともっと実戦を経験して1軍で通用するピッチャーになってほしいですよ」である。そのワンポイント。私の目ではあばけなかった。説明がなかったのは選手の特徴をわざわざ暴露するのはご法度で、企業秘密といったところか。

 今シーズンの1軍登板は3試合だけ。対巨人2試合、阪神1試合。6イニング投げた結果は防御率の7・50が物語るように厳しい内容。「前回の1軍(8月22日の巨人戦)でも結果は出せませんでしたし、この前の鳴尾浜の阪神戦前半のようなピッチングをしていたら、1軍では絶対に通用しません。もっともっと練習をしてバッターを追い込んで勝負できる力をつけないとダメです。球威、投球術。勉強あるのみです。やっぱり目指すは1軍のマウンドです」阿知羅の言う通りである。桧舞台を経験した投手はあのマウンドの感覚が忘れられない。スタンドのファンの目すべてが自分に集中する。あの雰囲気はマウンドに立った者でないとわからない。だから、壁にはね返されても、はね返されても何度も、何度も挑戦するのだ。

 今シーズンは残り少なくなった。1軍マウンドのチャンスは到来するか。タイトルは「あまり意識していません」と言うが、ファームとはいえタイトルは首脳陣へのアピールになる。若手の昇格、若手の活躍は新鮮だ。ファンは新戦力を待ち望んでいるもの。ファンの期待に応えるためにも“壁”をぶち破れ。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)