連勝は「9」で止まった。5月最後、交流戦の西武戦で阪神打線は久しぶりに沈黙。こういう時もある。負けることもある。そんな敗戦に、監督の岡田彰布は淡々としたものだった。

このゲーム、チャンスの場面は「7番」のところに巡ってきた。岡田がここに配したのがプロ2年目の前川右京。期待の大砲候補だ。だが1軍の壁は厚かった。好機で同じ攻めにあい、バットは空を切った。西武バッテリーの配球は徹底しており、緩急の差で前川を追い詰めた。

ストレートに差し込まれてファウル。追い込まれたら、フォークボール、チェンジアップと緩く、落ちる球がくる。それがことごとくストライクからボールになる絶妙のコントロールで、前川は対応できなかった。

3三振という厳しい現実に、前川は唇をかんだが、見守った岡田は責めるのでもなく、怒るでもなく、「最初から打てると思ってないわ」と、ここも淡々と言葉を続けている。

西武対阪神 6回表阪神2死二塁、空振り三振に倒れベンチへ戻る前川(右)と浮かない表情の岡田監督(中央)(2023年5月31日撮影)
西武対阪神 6回表阪神2死二塁、空振り三振に倒れベンチへ戻る前川(右)と浮かない表情の岡田監督(中央)(2023年5月31日撮影)

2軍から引き上げた時が起用する時。岡田は「旬」を大切に思っている。前川起用は別に特別なことではなかった。今回の2試合の経験で、前川本人が1軍のレベルを知ったこと。これが重要と監督は考えている。

もちろん多くの貯金があること。交流戦でDH制となり、守りとの兼ね合いを考えなくていいこと。条件的に起用する絶好のタイミングだったのだが、岡田にはまったく後悔はない。

今後はどうだろう。6番と7番。ここをどう考えるか。ライトの守備とDH。候補はミエセス、森下、島田、そして前川を続けて起用するか。興味深い選択になるのだが、2軍には、チャンスを得ようと狙う若手、中堅の野手が多くいる。

高卒ルーキーの井坪、戸井の評判がいい。まだまだあきらめず高山の名も出る。そして1軍のベンチに控える小野寺。試したい選手は多い。

岡田は前川に与えた7番DHを「お試し」の打順と考えているかもしれない。無難な選択を考える一方で、先を見た用兵も頭の中にある。その先…というのが、今シーズンに限ったことでなく、2年、3年後をにらんだもの。これも今回の監督就任の責務のひとつと位置付けている。

西武対阪神 6回表阪神2死二塁、三振しベンチで唇をかみしめたままグラウンドを見つめる前川右京(2023年5月31日撮影)
西武対阪神 6回表阪神2死二塁、三振しベンチで唇をかみしめたままグラウンドを見つめる前川右京(2023年5月31日撮影)

昨年、正式に監督就任が決定した直後。「今回はそう長くはやることはない。その中で強くして、優勝することもあるけど、それと並行して、若い指導者を育て、新しい戦力を作っていく。これも今回のオレの仕事や」とはっきりと言い切っている。

契約期間は2年。この2年で「アレ」を達成すれば契約は必然、伸びる。ただ、伸びても1年で、年齢的なことも考えれば3年が妥当な監督任期と思える。その間にまず「後継候補」を育てる。既にコーチとして手腕を発揮する今岡を筆頭に、来年からは藤川、鳥谷、赤星、桧山、関本などの若手OBを指導者として迎えたいという構想がある。

「これからはオール阪神でいかなアカン。やっぱり阪神は強くないとな。そのためにオレは何をすべきか。ここはホンマ、考えるよな」。指導者の育成ばかりではない。いずれ来る世代交代に備え、若い戦力の発掘も役割と思っている。

伸び盛りのいまの戦力を維持すること。加えて新たな力を生み出し、切れ目のない戦力態勢を整えていく。戦いながら育てる、という常に監督に課せられた命題に挑みながら、ひとランク上の若い力を作ることを、岡田は楽しみにしている。

以前にも書いたが、岡田は2軍の存在を重く受け止めている。だから2軍を視察するし、2軍からの報告を大事にする。1軍と2軍の入れ替えもただの思い付きではなく、1人1人に意味がある。前川の登用はまさに先を見て、決断した代表例になった。レギュラーシーズンに戻れば、そうは入れ替えは難しくなるけど、この交流戦は、思い切った手を打てる機会になる。前川に続くサプライズは果たして…。楽しみにしておこう。【内匠宏幸】

(敬称略)