監督、岡田彰布の下でコーチだった人間は必ず、こう振り返る。「選手には何も言わない。でもコーチには厳しい。強い口調で詰めてくる。そら恐ろしいくらいに…」。

それを示す光景を何度も見た。前回の監督時、2004年の開幕直後、ルーキー鳥谷がまったく打てなかった。それでも打撃コーチは的確なアドバイスを送れないでいた。業を煮やした岡田は、遠征先の横浜で動いた。試合前の練習中、鳥谷を連れて室内にこもった。同行しようとしたコーチに「来なくていい!」と2人だけの時間をつくった。「こんなことをしたくはないけど、やっぱり教えないといけない時やったから」。

次はシーズン途中のナゴヤ遠征。日曜日のデーゲームで大敗を喫した。宿舎に戻り、首脳陣は夜、反省会を開いたが、そこに打撃コーチ2人の姿がなかった。「なんでや?」。岡田は首をかしげた。デーゲームだったことで、試合後は帰阪してもいい…とはなっており、2人のコーチは大阪に戻っていた。「それはわかる。でもな、あんな試合してて、打てずに負けたのに、サッサと帰れるか?」。要は気持ちの問題。コーチに落ち度はなかったけど、どうしても岡田は許せなかった。

さらに2008年。独走状態の中であるコーチがトラ番に「優勝宣言」を早々と明かした。これを伝え聞いた岡田が激怒。「軽々しく優勝と口にいやがって。そんな簡単なもんやないんやで、優勝って」。

あれから15年。岡田は丸くなった。遠征先で朝方までコーチ会議と称する集まりはなくなったし、コーチに対する当たりも穏やかになった。「そうですね。昔のようなことはなくなって、やさしくなってますね」。ヘッドコーチの平田は昔を知るコーチだけに、いまの変化に苦笑いを浮かべる。

6月4日の甲子園、ロッテ戦。佐々木朗希攻略が進まず、打撃コーチの今岡が6回裏の攻撃の前に円陣を組ませた。これは今シーズン初めてのこと。この円陣、岡田は元々、嫌っていた。「思うように進んでいないということを相手に示しているようなもんやろ」。15年前なら、止めろとなっていたかもしれないが、今回は驚きながらも、淡々と眺めていた。

相手に弱みを見せるな! 戦う上で、岡田はこれを貫いている。例えばビジターで、試合前の練習。コーチが状態の上がらぬ選手を個人指導していると、それを岡田は止める。やるなら目につかぬところでやれ、となる。

その真意とは。相手チームの目。対戦相手が練習を見ている。そんな中、個人指導している姿を見せることで、その選手が相当不振であることをわからせることになる。「そんなことを相手に知らせる必要がある? アイツ、調子悪いってことを教えているようなもんよ。教えたいなら、相手の目の届かないところでやらな。そこまで徹底せんとアカンのよ」。このような考え方、取り組み方はまったく昔のままである。

コーチに求めるのは「観察眼」だ。まず選手を「見る」ことから始まり、そこに表れる小さな変化に気づくこと。これがコーチングの第一歩。観察眼が研ぎ澄まされれば、相手のことも観察して、違いのわかるコーチになれる。これを岡田は若いコーチに教え、説く。

実際、岡田の観察力はすさまじいものがある。とにかく「見る」ことには驚かされる。あるシーズンの開幕戦。外野から練習を見ていた岡田はベンチに戻ってきた時、「なあ、開幕戦くらいジーパンはアカンやろ」と、ある評論家の服装をチクリ。「そんなことまで、外野から見てたんか?」と聞くと、当たり前といった風情で、「オレ、なんでも見てるから、アンタも気を付けた方がエエで」と笑っていた。

視野は180度ではない。視界の広さは恐るべし。その観察力をベンチから発揮し、日曜日のゲームで最終的に朗希攻略につなげた。とげとげしさは薄れても、見ることの鋭さは、逆に増しているようである。【内匠宏幸】(敬称略)