アマチュア野球の担当として春先から「サイン伝達」問題の取材にあたった。二塁走者らが捕手のサインをのぞき見て打者に伝える行為のことだ。

日本高校野球連盟(日本高野連)の元事務局長、田名部和裕さんに話を聞いた。連載でも一部は記したが、収めきれなかった興味深い話があった。

「フェアプレーをするために野球をやっている。そういう考え方があったと思います」

日本高野連の顧問を務め、今昔の野球に詳しいノンフィクション作家の佐山和夫さん(82)の「受け売りですが」と断った上で、1800年代、野球の草創期の米国で実際にあったとされる話をしてくれた。

「日曜日に親睦野球大会をやりますよね。そうすると町の女性たちも集まってきます。彼女たちが近くで見られるように球場の形も変わりました。その試合で、ある選手がアンフェアなプレーをしたとします。試合後に、両チームとその関係者が集まってパーティーをするんですが…」

ニコリと笑って続けた。

「そういう選手ははっきり言ってモテません。今の草野球でもそうでしょう。試合のヒーローになった選手は、ビールを飲みながら主人公になれます。アンフェアなことをしていたらそうはなりません。スポーツは本来『気晴らし』の意味。後味が悪くなるなんてもってのほかなんです」

高校野球の問題に、この話を持ち込むのは少々乱暴だが、スポーツの本質を突いているとは思う。

「みんな負けるんです。負けないのは1校だけ。たとえ負けたとしても、フェアプレーをした上で、自己ベストのプレーを出せれば、それでいいんじゃないかと思うんですけどね」。田名部さんは球児たちに優しい目を向けた。

この夏で野球を終える球児もいる。気持ちよく「ベストを尽くしたぞ」と誇れる野球人生であってほしい。【柏原誠】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)