奈良大会は、センバツ王者の智弁学園がエース村上頌樹(3年)の力投で接戦を制し、史上8校目の甲子園春夏連覇への挑戦権を得た。

 やっぱり村上の夏だった。智弁学園は9回に1点差に迫られても、甲子園は渡さなかった。春夏連覇が待つ大舞台へ。2死一、三塁を遊飛で締め、駆け寄る仲間に向かってエースは両腕を広げた。

 「先制されても逆転して勝てるようになった。春からのチームの成長です。今日も福元のホームランが大きかった」。村上は、7回の3ランでリードを4点に広げてくれた福元悠真外野手(2年)に感謝した。初戦(2回戦)から全5試合連続逆転勝ち。それも、いったん優位に立てば主導権を渡さないエースがいればこそだ。

 全試合完投優勝のセンバツ後に出た疲労性の右肘痛が、18日の初戦後に再発した。今大会も「全試合、村上で」と決めた小坂将商監督(39)の方針が揺らいだ。3回戦・磯城野戦は、春に力をつけた松本大地(3年)を先発させた。だが失策がらみの失点で大苦戦。5回途中からエースをマウンドに送り、延長戦で勝ちきった。「1度死んだ」と監督も覚悟したチームの命運を村上に託した。

 準々決勝・奈良戦は8回1失点。岡沢智基主将(3年)が熱中症に苦しんだ準決勝・郡山戦も、10回5失点で完投。「他の投手陣にチャンスを作ってやりたいが、甲子園も全試合村上です。こんな投手に巡り会えたのは幸せですよ」と小坂監督は笑った。視線の先に、県内無敗を守り抜いたエースがいた。【堀まどか】

 ◆智弁学園 1965年(昭40)創立の私立校。生徒数は533人(女子217人)。野球部も同年創部。部員数47人。甲子園出場は春10度、夏は18度目で、16年春優勝、95年夏4強。主なOBは阪神岡崎太一、巨人岡本和真ら。奈良県五條市野原中4の1の51。中川敏男校長。

◆Vへの足跡◆

2回戦8-1高田商

3回戦5-4磯城野

準々決勝8-1奈良

準決勝6-5郡山

決勝6-5天理