静岡高が、令和最初の県王者に輝いた。初優勝を狙う駿河総合に3-2の逆転勝ちをおさめ、4年ぶり25度目の甲子園切符をつかんだ。

2点を追う7回裏に、2年生2人と3年生3人による5連打で一挙に試合をひっくり返した。これで静高は大正、昭和、平成、令和の4元号で甲子園出場の快挙。伝統を受け継ぎ、新時代でも変わらぬ強さを見せつけた。第101回の夏の甲子園は、8月3日に抽選会を行い、6日に開幕する。

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静高にとって、現在のチームを象徴するような試合となった。2点を追う7回、2年生の5番関宮楓馬外野手、6番城航希内野手が連打。ここで迎えた3年生の7番夏目武尚内野手が、中前適時打を放ち1点。8番の代打・樋口裕紀内野手が右前打でつなぎ、9番片平吉信外野手が中前への逆転打を放った。痛快な逆転劇を片平は「2年生がチャンスをつくってくれたので、3年生の自分たちがやらなきゃと打席に入った。その気持ちがあの一打につながったと思います」と振り返った。

投手陣でも2年生がお膳立てした。先発の松下静(じょう)投手(3年)が、2回に2失点。3回からは松本蓮投手(2年)が、疲労の色が見えるエースからバトンを受けた。松本は5イニングを投げ、1安打無失点。チームに流れを引き寄せた。「振ってくる相手とは相性が良い。まっすぐと変化球のコンビネーションで打ち取る投球をしました」。8回からは、石田直孝投手(3年)が打者7人を無安打に抑えて試合を締めた。

春季大会で16年ぶりの中部地区大会初戦敗退を喫した。チーム最初の公式戦となる昨秋の地区大会も、初戦敗戦から始まった。苦しんだ時期を栗林俊輔監督(46)は「周囲からは、この代は弱いと言われ続けてきた。その声にたえ忍んでやってきました」と振り返る。新チーム発足時の昨年7月から、同年末まで主将を務めた片平も「前チームはセンバツに出場して、結果を出した。それに続かなければと空回りしていました」と続けた。

今春以降は「一発勝負に強いタフさを身につける」をテーマに練習に臨んだ。チーム内競争によって、2年生も台頭。チーム力が底上げされ、選手たちの自信も高まった。5月末と6月初旬には2度の校内合宿も行い、チーム全体の目標も統一。「甲子園優勝」という高い志を持って夏に臨み、雪辱を果たしてみせた。

この日の優勝は、目標への通過点でしかない。小岩和音(あのん)主将(3年)は「甲子園でも苦しい展開になると思うが、思い切りやって優勝します」と宣言した。苦しみ抜いたこの1年の集大成を聖地で見せる決意だ。【河合萌彦】

▽静岡高野球部OB会は、一塁側スタンドから声援を送った。1970年(昭45)の夏の甲子園に出場した林茂さん(65=東京都)は「(この日は)守備が良く、打線も粘ってつないだ。2点リードされたが、静岡が3点取り返し、しびれる試合だった。甲子園では臆することなく精いっぱい戦ってほしい」と訴えた。他の会員からは「最高にうれしかった」、「ヒーローがいない中、みんなで勝ち取った勝利」と、喜びの声が相次いだ。

◆静岡 1878年(明11)に静岡師範学校中等課として創立された県立校。54年に現校名に。生徒数は967人(女子427人)。野球部は1896年創部。部員数は41人。甲子園は春17度、夏は25度目。主なOBはオリックス増井浩俊、楽天堀内謙伍。所在地は静岡市葵区長谷町66。志村剛和校長。