神宮の三塁側スタンドから試合を眺めていた。目を上げると、外苑のイチョウ並木が頭だけのぞかせている。青い客席と黄金の葉。色彩のコントラストに、なぜかゴッホが脳裏をよぎった。この秋、東京・上野で見た絵画展で“初心”に触れたせいだろう。青や黄で彩られた傑作が人気を博すなか、柳の木が数本、並んだ素描が興味深かった。くすんだ黒茶色で、寒々しい冬を感じさせる絵だった。

駆けだしのころに描いたものだという。説明文があった。「僕はあらゆる自然、たとえば木の中にいわば表情と魂を見る」。木を身寄りのない男になぞらえた。空に伸びる枝はなにかを訴える細腕だろうか。キャンバスには、絵を志す若者の心が投影されていた。やがて描く、三日月や星と、人が踊るような糸杉の大作へとつながっていくような、原点を見た思いだった。

目の前で大柄な左打者が打席に向かっている。アマ球界の話題を集める花巻東(岩手)の佐々木麟太郎内野手だった。明治神宮大会の準決勝。広陵(広島)戦の8回、6-9になり、2死一、二塁で投手と向き合う。高め速球を強振。白球は右翼席に吸い込まれた。起死回生の同点3ラン。1年生にして高校通算49本塁打。NPB球団のスカウトは褒めそやした。三塁側スタンドには意外な顔があった。大リーグのスカウト勢も佐々木に熱い視線を寄せた。その1人も感心する。

「役者だよね。打ってほしいところで打つからね」

はるばる遠くから佐々木を見に来たのだという。このスカウトは打席での動きから、16歳の“初心”を読み取っていた。「佐々木はね、打ちに行くとき、前に突っ込まない。最後まで後ろに残っているんだ」。今大会は1年生が活躍する。広陵の真鍋慧内野手と九州国際大付(福岡)の佐倉侠史朗内野手も負けじとアーチを放った。それでも、現時点では、佐々木の技量が秀でているという。真鍋や佐倉も高く評価しつつ、まだ打ちにいくとき、体が投手寄りの前方に向かう傾向があるという。打ちたい思いが強すぎれば、前のめりになる。佐々木は頭が後ろに残り、はやる気持ちも抑えている。打ち方は、心模様を映している。

22日の高知戦も、低めに沈むカーブをグッと待ち、拾って中前に運んだ。左足に体重を残し、軸の回転が効いている証拠だろう。メジャーのスカウトは心身を制御する姿を見ていた。来年3月のセンバツ出場は濃厚。バットさばきも柔らかく、剛柔を兼ね備えた打撃スタイルは魅力十分だ。

なにより、メジャーが注視する事実がある。花巻東の先輩、菊池雄星(マリナーズFA)も大谷翔平(エンゼルス)もNPBをへて海の向こうで挑んでいる。いささか気は早いが、まだ余白が多いキャンバスに、どんな絵を描くのか、いまから心が沸き立ってくる。