神奈川高校野球の「公立の雄」相模原の監督を務めた佐相真澄さんの通夜が8日、神奈川・相模原市内で営まれた。佐相さんは、膵臓(すいぞう)がんと闘ってていたものの、1月24日に66歳で亡くなった。昨夏にがんを公表しながら夏の県大会を指揮。昨年12月に監督を辞任し、治療に専念していた。

通夜には、桐光学園の野呂雅之監督ら神奈川アマ野球関係者をはじめ、2000人以上が駆けつけた。巨人前監督の原辰徳氏や愛工大名電の倉野光生監督らからの、多くの供花が並んだ。

佐相さんは法政二、日体大で活躍し、中学教員となった。2005年に高校野球の指導を希望し、高校教諭に転身。川崎北に着任し、2007年秋には県大会4強に進出した。12年に相模原に異動すると、14年秋に県4強、15年春は県大会準優勝で関東大会に出場。18年夏は県8強、19年夏の準々決勝では、夏4連覇を狙う横浜に大逆転で勝利し、4強進出を果たした。

「8点取られても、9点取る!」

横浜、東海大相模、慶応、桐光学園の“四天王”を頂点に、強豪私学がひしめくのが激戦区・神奈川だ。公立の進学校が私学を倒すために、超攻撃的野球を掲げた。バントは、ほぼしない。束になって、ひたすら強い打球を放つことを求めた。熱心な指導で、打撃力を鍛え上げ「甲子園1勝」を目標とした。

19年夏は、まさに佐相野球の真骨頂だった。0-5の7回から現阪神の及川を打ち込み、7回5点、8回3点を奪い8-6で勝った。その試合後、佐相監督は「四天王が目標と言ってきたけど、勝っちゃいましたね。60年生きてきてよかった」と、報道陣に喜びを表現した。

通夜には、19年夏の横浜スタジアムを沸かせたOBの姿もあった。5番捕手だった風間龍斗さん(23)は「今の自分を作ってくれた人です。ありがとうございました。そのひと言です。本当に一番人生で厳しくしてくださった方で、今も仕事を頑張れているのは先生のおかげだと思います。先生に教わりたくて、ケンソー(県立相模原の略称)に入りました。強豪私学に打ち勝つために、レベルスイングで、投手の球に振り負けない強いスイングを教えていただきました」と話した。

4番一塁だった中野夏生さん(23)は、佐相さんの打撃指導について「調子が悪い時に、先生から『トップの位置をもっと下げろ』と言われ『こんなに下げていいのかな』と思ったのですが、思い切って変えると、次の打席でホームランを打てたんです。ひと言でパフォーマンスが変わる観察力と指導力は本当にすごいと感じました」と話した。2人とも感謝の言葉を繰り返した。