長嶋イズムを継承する主砲が、ミスターへ弔いの勝利を届けた。千葉では、6月に亡くなった長嶋茂雄さんの母校・佐倉が2回戦に登場。巨人で活躍した長嶋さんと同じく「4番サード」で出場した斎藤慶明内野手(3年)は、4点リードの8回1死二、三塁の好機でダメ押しとなる走者一掃の適時三塁打を放って、8回コールド勝ちに導いた。沖縄では準決勝2試合が行われ、今日13日の決勝で、今夏最初の甲子園出場校が決まる。

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頼れる主砲がダメ押しの一撃を加えた。8回1死二、三塁で迎えた第5打席。ここまで無安打に倒れ「4番として1本出したかった」と力強く振り抜いた。「(バッティンググローブをつけて)感覚がずれるのが嫌で」と素手で握ったバットで、中越え2点適時三塁打を放ち塁上でガッツポーズ。感情が爆発した。

球界の英雄で、巨人の終身名誉監督だった「ミスター」こと長嶋茂雄さんと同郷の佐倉市出身。小さい頃から地元の大スターの存在を認識していた。8年前、長嶋茂雄記念岩名球場で開催された野球教室に参加。直接指導を受けることはなかったが「遠くから見てもオーラがすごかった」と感激した。一番の思い出となった写真撮影では、ミスターの背後から顔を出して笑顔でポーズを取る余裕があり、当時小学4年生ながら度胸はすでにミスター級だった。

佐倉に入学後は投手だったが「打撃を生かしたい。チームの力になりたい」と、昨秋の大会終了後に自ら内野手転向を奥村武広監督(62)に直訴。強肩を生かし、長嶋さんの現役時代と同じ三塁を守ることとなった。朝の自主練習ではバットを振り込み、最後の夏は4番を任されるまでに成長した。

長嶋さんの訃報を聞いた際は「悲しかった」とグラウンドで黙とうをささげ、この試合もユニホームに喪章をつけて臨んだ。「(4番三塁に)プレッシャーを感じながらも。長嶋さんのように楽しくプレーできた」。朗らかで、いつも周囲を笑顔にしていたレジェンドの魂を受け継ぎ「1戦必勝で自分たちの力を出していきたい」。特別な夏が幕を開けた。【北村健龍】

◆長嶋茂雄氏の高校時代 佐倉一(現佐倉)3年の53年夏は主将で4番、遊撃手。当時の甲子園切符は千葉県勢と埼玉県勢で南関東代表1枠を争った。千葉県4強の佐倉一は南関東大会1回戦(大宮公園)で熊谷に1-4で敗れたが、長嶋は6回に福島郁夫(元東映)からバックスクリーンへ特大本塁打。巨人の若林スカウトも観戦した試合で、高校公式戦唯一のアーチを放った。

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