海を渡る日本人アマチュア選手たちが増える中で、「ゴールドラッシュ」と化す市場をさまざまな視点で捉える連載拡大版。第2回は「過去」に焦点を当て、MLBのマイナーでプレー経験のある、慶大野球部の加藤貴昭部長(51)に現役時代を振り返ってもらった。

   ◇   ◇   ◇

加藤部長は、米大リーグのカブスと初めて契約したアジア出身の選手だ。1998年(平10)、99年とカブス傘下でプレー。メジャー契約は勝ち取れなかったが、後に新人王を獲得したエリック・ヒンスキーや最多勝のタイトルを取りエースに上り詰めたカルロス・ザンブラーノ氏らとともに2年間一緒に戦った経験は貴重だった。1年目は月850ドル、2年目は900ドル。当時のレートで月10万円程度の給与だったが、試合と移動の繰り返しで使う機会がなかった。「毎日が修学旅行のようでした」と充実の時間だった。

慶大では打てる捕手として活躍したが、もともと野球は大学で一区切りと思っていた。卒業後はプログラミングやデータ分析を研究するため慶大の大学院に進むことが決まっていたが、ОBたちからの強い勧めもあって大学院に通いながら、米国で野球を続けるチャンスを模索することになった。渡米後はいくつかの独立リーグのトライアウトに参加した後、当時のカブスの極東スカウト、レオン・リー氏の目に留まったことがアメリカ挑戦の道を開いた。「彼がいなかったら、カブスとの契約はなかった」と感謝は尽きない。

くしくも今年1月、慶大から常松広太郎外野手(22)が同じカブスとマイナー契約を結んだ。24歳で挑戦した自分の経験を踏まえて「アメリカの大学の選手たちは2年生でドラフトされる。日本で大学を卒業してから行くのは年齢的にハンデがあるから、彼らに上回らないといけない」とエールを送った。【平山連】

◆加藤貴昭(かとう・たかあき)1974(昭49)年5月1日生まれ、長野県佐久市出身。野沢北から慶大に進み捕手としてプレー。4年時は主将を務め、秋のリーグ戦では打点王に輝く。リーグ戦通算45試合に出場し、2本塁打、27打点、打率2割8分。卒業後は米大リーグのカブス傘下でプレー。引退後は研究者の道に進み、人間工学、スポーツ心理学を専門とする。現在は慶大環境情報学部教授、SFC研究所ベースボール・ラボ代表、慶大野球部部長などを兼任する。