日本ハムは2018年で北海道移転15年。過去の名場面、珍場面を、当時の紙面とともに振り返ります。
<12年7月15日付>
この一打がなかったら、「スギノール」は生まれなかった。主力の稲葉が欠場し、スタメンに名を連ねたのは高卒4年目の杉谷。1点を追う8回に同点打を放つと、延長10回2死二塁の好機に、楽天青山から決勝の右前適時打。「(1打席目に)バントを失敗していたので、どうにか取り返してやろうと思っていました。来た球を打ち返そうとだけ思っていました」。負ければチームは3位転落という危機だった。
スイッチヒッターとして入団2年目には2軍でシーズン最多安打を記録。だがこの12年は、この日の決勝打が左打席での初安打だった。チーム内には成績の偏りから「右打者専念プラン」も浮上しており、右打席での出場ばかりが増えていたところだった。「いいアピールになったと思います」。無事両打ちを継続した杉谷は、今年5月23日楽天戦で、左右両打席本塁打を記録することになる。
栗山監督と杉谷の「漫才」のようなやりとりは、メディアを通して、いまやファンにも浸透している。だが当時はまだ1軍に定着もしていない21歳。同監督の試合後のコメントも「流れの悪い試合を本当によく取ってくれた。若い子がチャンスを生かしてくれてうれしい」。…いたって普通だった。



