狂犬は誰にも止められないのか-。元WWEのスーパースター、ディーン・アンブローズことジョン・モクスリー(33)が新日本の夏の祭典、G1クライマックスBブロック首位を独走している。タイチ、ジェフ・コブ、石井智宏、鷹木信悟、内藤哲也を破り、無傷の5連勝。内藤を下した28日の名古屋大会では「俺の前に立ちはだかるやつはすべてたたきつぶす」と全勝優勝宣言まで飛びだした。

この春まで世界最大級のプロレスの団体、WWEのスーパースターだったが、その座を自ら捨てた。理由は本人がさまざまなメディアで語っているが、5月に自身のSNSで発表した動画がとても分かりやすい。その動画の中でモクスリーは囚人を演じている。刑務所の独房の壁を力ずくで壊し、有刺鉄線のついた塀を跳びこえて、脱走。WWEはモクスリーにとっては刑務所のように不自由な場所だったということだろう。

その後、AEWと契約を結ぶとともに新日本への参戦も決定。モクスリーは「新日本からのオファーは、パーフェクトなタイミングだった」と振り返る。実際に参戦してみて、新日本は思い描いた以上に過酷で、刺激的な「スポーツ」の舞台だったという。さらに、その中で「自分のアートを見せられる」。キャンバスに自由に筆を走らせるように、モクスリーは生き生きと戦っている。

プロレス新米記者である筆者はWWEのアンブローズについて、ほとんど無知だった。だが、新日本に初登場した6月の両国大会でその魅力に一気に引き込まれた。技術や引き出しの多さ、マイクのうまさなどプロレスラーとしての長所はたくさんあるのだろうが、何よりたたずまいがいい。その大会でのバックステージ取材後、通訳のK嬢と顔を見合わせ「色気がすごいですね…」と話したのを覚えている。

試合を重ねるにつれ、モクスリーへの観客の声援もどんどん増えてきたように感じる。子分として引き連れるヤングライオン海野翔太とのやりとりもユーモアにあふれて、楽しい。参戦から約2カ月で新日本のマットにすっかりなじんでいる。すぐ順応できたのは持ち前の才能がなせる業かもしれないが、努力もかいま見える。27日、名古屋大会の試合開始の約3時間前。黒いTシャツとジーパンで会場入りしたモクスリーは、1階のフロアレベルから会場全体と誰もいないリングを真剣な表情でしばらく見つめていた。お決まりになっている客席からの入場はどこからするか、どんな戦いを見せるか。そんな考えを巡らせていたのかもしれない。またG1期間中は常に次に対戦相手の研究をしているとモクスリーは明かす。28日の内藤との試合では、内藤がよくやるロープワークの後に寝ころぶポーズを再現。挑発すると同時に、内藤へのリスペクトさえ感じさせた。

少年時代のモクスリーは、さえない現実から逃げるために故郷オハイオ州シンシナシティのビデオショップ、フリーマーケットで世界中のプロレスビデオを買いあさっていたという。多種多様なプロレスを自分の中に取り込み、成功する夢を膨らませた。新日本プロレスも、そんなモクスリー少年の憧れの対象だった。「G1で優勝して、東京ドームのメインでIWGPヘビー級に挑戦したい」。その夢は現実になるか。残り2週間、モクスリーの姿と、G1戦線をしっかり見届けたい。【高場泉穂】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)