WBA世界フライ級タイトルマッチは挑戦者の同級1位ユーリ阿久井政悟(28=倉敷守安)が悲願のベルトをつかんだ。

足を使って守りに徹した王者アルテム・ダラキアン(36=ウクライナ)にプレッシャーをかけ続け、最大10ポイント差の判定3-0で新王者となった。岡山のジム所属では初、同県出身でも元WBC世界バンタム級王者の“カリスマ”辰吉丈一郎(53)以来のタイトルを手にした。

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最終12回終了のゴングが打ち鳴らされ、ユーリ阿久井は右手を突き上げた。王者ダラキアンに決定的なダメージこそ与えられなかったが、確信があった。その思いと願い通り、ジャッジは最大10ポイントの大差でユーリ阿久井を支持した。

「ありがとうございます! (ダラキアンは)素晴らしい人間で、対戦することがなければ一生尊敬していた。自分の出せるものをぶつけました」。リング上で長女の千聖ちゃんと次女の琴乃ちゃんを抱き上げた。リングサイドでは「支えてくれた」という妻の夢さんが涙にむせいでいた。

「岡山のジムから初の世界王者」。倉敷守安ジムからはウルフ時光がミニマム級で2度世界に挑み、はね返された。大きな借金を背負っても夢を追い続けた守安会長にユーリ阿久井は「三度目の正直ですから、会長に着けてもらいたい」とベルトを巻いてもらった。夢に見た、最高の瞬間だった。

試合前から「正直言ってやりにくい」と話していた通り、防御に徹する王者を捕まえるだけで労力を費やした。バックステップとクリンチに苦戦も、11回にようやく左の連打がヒット。王者の鼻を赤く染めた。「相手のクリンチとの戦い。勝てたのはうれしい」とうなずいた。

小学3年から中学1年までサッカー少年だった。父一彦さんは元ボクサーで倉敷守安ジム初のプロ選手。だが、息子にボクシングを求めることはなかったという。それでも、心の中ではボクサーの血がくすぶっていた。中学2年の正月。お年玉を握りしめ、父に「ボクシングがやりたい」と告げた。そのお年玉でボクシンググローブを購入。それが世界王者への第1歩だった。

「岡山のジムから初というより、このジムで世界王者になりたい。おやじに世界の頂点に立つところを見せたい」。岡山県出身では辰吉丈一郎以来。その“カリスマ”がリングサイドから見つめる前でベルトを掲げることができた。

「心の中ではボクシングをやってほしいと。心底うれしかった」という父の願いもかなえた28歳は「これからもっと頑張りたい」と言った。世界の頂から見る景色とは-。岡山発で新たな夢を描く。【実藤健一】

<ユーリ阿久井政悟(本名・阿久井政悟=あくい・せいご)>

◆生まれ 1995年(平7)9月3日、岡山県倉敷市。

◆ユーリ 先輩から顔が元WBC世界フライ級王者勇利アルバチャコフに似ていると指摘されたことからリングネームとなった。

◆サッカー少年 小学3年から中学1年までサッカー少年。主なポジションはDF。

◆DNA 父一彦さん(59)は元ボクサーで倉敷守安ジム最初のプロ選手。戦績は13勝(3KO)15敗2分けだった。ユーリ阿久井は中学2年から倉敷守安ジムでボクシングを始める。倉敷翠松高で2、3年時に国体8強で3階級制覇王者の田中恒成と対戦も。卒業後は環太平洋大に進学。アマ戦績は20勝7敗。

◆プロ戦歴 14年4月にプロデビュー。15年12月にライトフライ級全日本新人王獲得。19年10月、小坂駿との王座決定戦で日本フライ級王座獲得し3度防衛。プロ戦績は19勝(11KO)2敗1分け。

◆タイプ 身長163センチの右ボクサーファイター。

◆家族 妻・夢さん(28)、長女千聖ちゃん(3)、次女琴乃ちゃん(1)。